宿命
荒木さんが高らかに「世界征服だ」と叫んだあと、しばしの間があって「フハハハハ」と大きな笑い声が聞こえてきた。
「ハッハッハッ!なかなかに素晴らしいストーリーを描いていたようだな。来世は小説家や劇作家の運命を授けよう」
「いや、間違っていないはずだ」
「親子揃って考えていることは一緒なのだな。まぁ、いい。それでは正解発表だ」
コツ、コツと硬い靴の底が地面に当たる音がする。
そして水槽の明かりに照らされていた地面に人の影がうつり、視界が陰る。
ぼんやりとした僕の視界の中に、靴の先のような先が丸くなった形が見えた。
僕はちからが完全に抜けてだらんとなっている首に、全力のちからを込めて顔を上げた。
加南子を写した光の残りが、僕の顔に辺り、青白い色が見える。
なかなか首にちからが入らなかったし、目が光の眩しさにやられて薄くしか瞼を開くことができなかったが、そこには人が立っていた。
ぼんやりとした輪郭でも分かる。
女のような張りがあってしなやかで丸い曲線ではなかった。
だがそこまでごつごつとした男性的なフォルムではない。
中性的な体の輪郭を持つその正体はー?
「会いたかったぜ、サルヴェ・レジーナ」
「俺は会いたくなかったぜ、荒木
」
徐々に目が慣れていき、光と焦点をうまく中和できるようになってきた。
その正体は、スーツを着ていた。
真っ白な眩しいくらいのスーツだ。
結婚式で新郎が着るような、あのパリッとした素材のスボンの中折れがきっちりとなっているあのようなスーツだった。
靴も服装に合わせた白い革靴だった。
体の後ろで両手を組むその立ち居振舞いには、ぼんやりとした視界でも分かる余裕さと、何があっても微動だにしない強い信念が感じられた。
首もとには、スーツと同じ素材の光沢間があるリボンが添えられていた。
そのリボンがますます犯人の正体を謎にする。
声だけを聞くと、その太さと渋さから40代中盤にしか思えなかった。
しかし、その見た目は、どこからどう見ても10代前半の幼い少年にしか見えないのだ。
どういうことだ?
「やぁやぁ、諸君。もうすぐ命を絶えるお前たちに、俺のこの姿を見せるのは、この世に未練を残す理由になるだろう。この美しい俺の容姿は、まさに世界が生んだ宝石だ」
“サルヴェ・レジーナ”が自称美少年を名乗っているが、それは疑いもなくそうだった。
華奢な首筋、柔らかな顎の曲線、花が咲いたようなほのかに染まった唇と頬、真っ直ぐと伸びた鼻、堀が深くそこに埋め込まれた青い瞳、雪解け水のように透明にすみきった白い肌、光が当たる度にきらきらと輝きを増すブロンドの髪は金の糸ようだった。
そう、それはまさに、
「…天使?」
言ったのは有美ちゃんだった。
「俺が天使だと?まぁ昔はそうだったがな。神に使える従順な優等生だった。しかしいまはその神の意思を引き継ぎ、世界を革新させる」
「世界を、核心?」
言葉が口から自然にこぼれた。
「あぁ、お前か。お前には後で用があるからすぐには殺さない。いや、“俺には”殺せないから、そのままそこで寝ていろ」
天から降りてきたばかりのような天使の風貌に全く似合わず、言葉は挑発的で声が図太いので違和感しか感じない。
「…加南子は、加南子はどうしたんだよ…どうして加奈子なんだよ!」
僕はへたりと座りながら大声でサルヴェ・レジーナに怒鳴った。
「なんで、なんで…加奈子なんだよ…なんでなんだよ。俺でもよかったのに…なんで、どうしてなんだよ」
言葉を繋いでいく度に、情けないほど尻すぼみになっていく。
悔しくて歯がゆくてもどかしくて。
無力な自分に突きつけられた現実はあまりにも壮大だった。
「おぉ、もしや自らその命を捧げてくれるのか。それなら話が早い。さっそく始めよう。この計画の一番の目的は、結果的に“お前”だったんだからな」
「?!」
僕が、目的?
どういうことなんだ?
「それにお前も荒木も勘違いをしている。僕は実験を重ねているが、人は殺していない。一人以外は。それに、いままでの被験者だって、無事に全員返してきただろう。日本でもアメリカでも、イギリスでもフランスでも、一滴の血も流してはいない。こんなにも平和な団体がどこにある!世界中を探してもないはずだ。それも全てマザーの教えだからな。それに」
「それに、予想は外してきたが、ようやく世界の作り方が神から降りてきたのだ。これからは俺たちの時代だ」
「だから、なんだっていうんだよ」
サルヴェ・レジーナがいっている意味が全くわからなかった。
「まぁ、いいさ。“自分”をなくす前に教えてやろう。俺たちの計画を」
ごくりと唾を飲む音が自分の中でした。
「“アダムとイブ”だ」
「アダムとイブ?」
「そうだ、あくまでも計画名だったが、それの意味がようやくわかった」
「だから、何なんだよ、そのアダムとイブっていうのは」
「新しい世界を作り、アダムとイブをそこに起き、世界の均衡を図るのだ。その新しい世界のアダムとして、そこに座っている腰抜けを召喚するのだ。イブはもういるからな」
「わかんない、なんでヨージくんがアダムにならなきゃいけないの?わからないよ、新しい世界ってなに?」
「あー、あー、うるさいなぁ。質問が多い、少しは自分で状況を理解せよ、これだから平民の娘は、、、おっと口が過ぎた。これでもマザーの御子であるからな。適合者ではなかったが。その時点でもう用足しであるが、俺には御子をどうこうする権利はないからな」
「御子ってどいういうことなの?」
有美ちゃんが前のめりに質問を投げ掛けていく。
そんな様子に少しイライラし始めたのか
「あー!もう本当に質問が多い!わかったよ、俺が教えてやる、少し黙っておれ」
イライラして言葉を荒らげるサルヴェ・レジーナは、ついに話を始めた。
「よく聞きたまえ、運命の御子たちよ、その果たすべき宿命を」




