マリアさま
僕は穴から地面に対して、無事に着地をした。
だが、その目の前に広がる想像もしなかった景色によってへなへなと足の力が抜け、膝を着いた形で何分か固まってしまっていた。
穴の向こうがは、ブラジルなんかじゃなかった。
ただ、日本の景色ではなかったので、異国風という点では似通ったものがある。
目が完全に光に慣れたので、動き出す前に周りを慎重に観察することにした。
ここは恐らく犯人のテリトリーであるはずだ。
一般人が何を思って旧養護施設の跡地の調理場の下に穴を掘って、こんな大規模な工事をするのは理由がいくらあってもつかない。
つまり、ここは犯人と直接繋がる場所である。
「ここに、みんながいるのか?」
まずは、先に階段を降りた荒木さんと有美ちゃんの姿を探した。
天井は高々と10メートルはあろうか。
一番上まで明かりが届いていないので、詳細は不明だが夜空のように星が瞬いていた。
広さとしては、体育館ほどに大きかった。
僕が降りた穴はこの町のような空洞の空間の後ろ側にあったために、町全体を一気に見渡すことができた。
体育館でいう入り口のところに僕はいまいる。
ただ町といっても、家は数件程度で、広場といってもよいかもしれない。
縦長のこの空間の真ん中には噴水があるが、水は出ていない。
ただ、噴水の受け皿には水を湛えている様子が遠くからでも見える。
地下水だろうか?
審議は不明だが、喉が乾いてきたので、飲みたい衝動に駆られたが、万が一でも毒が入っていたらここまできたかいが一瞬でなくなってしまうので、我慢することにした。
その噴水を丸く囲むように、家が並んでいるが、人の気配は全くない。
むしろなにか張りぼてのようにもみえる簡素な作りにも思える。
この表現がふさわしいかと言われるとそうではないかと思うが、まるで子宮のかたちをしたその町の佇まいは恐怖心をなでるようだった。
なぜこんな形をしてるのか?よりもなぜここに町が?の方が僕の中で疑問が渦巻いていた。
その疑問の答えはいくら僕の頭の中で考えを巡らせても、見つけ出せるものではなかった。
張りぼての家々の間に生えている木々は遠くからだが本物ように見えた。
むしろその生々しさがこの不気味な空間を助長させていた。
あたりをいくら観察しても人の動きどころか空気の動きも感じられない。
ここには、荒木さんも有美ちゃんもいないのか。
もっと奥まで捜索するしかなさそうだ。
立ち上がるときに膝に手を着いた。
右手に固く携帯電話を握りしめていることに気がついた。
そうだ、僕にはアイリがいる。
少なくともアイリがいる限りは僕は一人じゃない。
そういえば、何かあったら知らせてくれとアイリに伝えていたが、穴を降りるまで何も反応がなかった。
もしかして、何かを発する前にアイリが強制シャットダウンしてしまったのではないのか?
一抹の不安を抱ながら話しかける。
「アイリ、無事か?」
「ええ、もちろんよ」
真っ黒の画面にじんわりと光を写した。
アイリと話しているとき、この光がアイリだと思ってちゃんと目を見ている。
もちろんただ暗闇に光る光の玉なので、目はついていないのだが。
「ここは空気が薄いみたいね。ヨージの心拍数があがっているのが分かるわ。あんまり激しい運動はしないことよ。すぐに体力が奪われてしまうわ」
「ありがとう」
「ちなみに、ここなんだけどアイリはどう思う?」
パノラマ写真を取るように、インカメラを地下に生きる町に向けた。
「そうね、作られたのはそこまで昔ではないわ。ここ二、三年ってとこかしら」
「そうか。じゃあ荒木さんがここを捜査した後に作られたってことか。通りでこの地下の存在が分からなかったわけだ。あとはなにかわかる?」
「天井の堀り方はかなり粗いわ。あとで画像で見てもいいけど、スコップでがんがん掘った跡みたいにぼこぼこしてる。そのぼこぼこに電飾を取り付けてる。それが星みたいに見えているわ」
「この高さをスコップで?!いったいどうやって掘ったんだ?それにここにあった土は?」
「その答えは噴水の奥にあるわ」
「奥に何かあるのか?」
「えぇ、教会が見える。教会を建てるのにここの土を使って煉瓦を作ったのよ。そして噴水の周りの家もこの土を使ってみるみたいね」
「荒木さんと有美ちゃんは見える?」
「ちょうどその教会の前にいるみたいよ。生体反応が…2つ」
「よし、行こう。ありがとうアイリ。さっきも言ったけど、何かあったらすぐに知らせてほしい」
「もちろんよ、ヨージ」
僕が穴から落ちたところは土だが、噴水へと続く道は石畳が丁寧に並べられていた。
ここがもし犯人と関係がないところなら、マチュピチュのように神秘として扱われてもおかしくないと思う。
今の文明をもってしても、ここを作り上げるのは容易いことではないはずだ。
石畳を一歩ずつ進む。
少しずつ噴水が大きく見える。
それと同時に噴水の奥に白い建物の影が見える。
家々が噴水をぐるりと囲む場所にきたときには妙な緊張感があった。
それは家が思っていたよりも小さかったからだ。
人が住めるものではない。
人の半分くらいのサイズの生き物がぴったりの大きさだった。
それにここはじんわりと暖かさを感じる。
荒木さんと有美ちゃんに早く会わねばと、歩みを早くして噴水を通りすぎる。
やはり噴水の受け皿には水のような液体が広がっていた。
通りすがりに見たところ、淀みや汚れはなさそうだった。
そして完全に噴水を背後にしたとき、目の前に約三階建て程の教会が姿を表した。
真っ白な教会だった。
何にも汚されない、屈託のない白だった。
窓にはステンドグラスのような装飾や花のような堀り込みをされた場所が見える。
誰がこんなものを…
もう疑問を抱くの早めた。
教会を目にしたとき、入り口の前に二人の姿を見たからだ!
僕はもう気がつくと走り出していた。
二人もこちらを見て、僕に気がつき手を振ってくれた。
「来いとは一言も言ってないぞ。なんできたんだ」
「それはさっき言いましたよ。わたしたち荒木さんのこと、放っておけないんですよ。ねぇ、ヨージくん」
有美ちゃんが僕に向かって目配せをする。
「そうです、僕は大切なひとを守りたいんです」
「ヨージ、それってホ、、」
「え、違いますって」
「分かってるよ。さぁ、ついにこの物語もクライマックスだな。地下の穴にこんな建物があるなんて思いもしなかった。ようやく俺も確信してるよ。ここが犯人の本拠地だってな。それに見てみろ、あの教会の上のステンドグラスを。鐘があるところの下だ」
「マリアさまとイエスキリストの母子像ですね。暗くてはっきりとは見えませんが」
「吉岡妹正解だ。あれは、裏で手を回している組織MARIAのシンボルマークだ」
教会の上の方、高さで言えば三階建てのところに小降りな三角形の屋根を従えた部分に鐘がある。
金色の重厚感がある鐘だ。
その鐘の真下、キラキラと光を反射させているステンドグラス。
赤、青、黄色、緑と黒淵で縁取られた形の集合体は、紛れもなく有美ちゃんが言っているようにマリアさまとイエスキリストの母子像だった。
まだ幼いイエスキリストをマリアさまが愛しそうにその胸に抱いているものだ。
「ここが、そうなんですね」
アイリの推測は正しかった。
「あとは、ここに犯人がいるか、お姉ちゃんとヨージくんの妹ちゃんがいるかですね」
「きっとこの教会がヒントだろう。俺もここに来たばかりだからまだ捜索は済んでいない」
「やりましょう。そして全員ハッピーエンドになりましょう」
目の前にある白い教会は何も言わずただ僕らを見つめていた。
マリアさまが微笑んでくれるのか。
その答えはもう知っているよ、というような笑みをたたえながらイエスキリストを変わらず抱き締めていた。




