後戻り
バンっと勢いがある音がして、振り向くと荒木さんが勢いよく車内から出てドアを閉めていた。
(なんだ、すごくモチベーション上がってるじゃないか)
僕は内心、荒木さんがかわいくて仕方がなかった。
「あ、待って」
有美ちゃんが慌てて外に出る。
彼女としてもお姉さんに会いたい思いでいっぱいだろう。
亡くなった双子の分までしっかりと生きたいという気持ちとお姉さんがいなくなったら、もう吉岡家は崩壊寸前になってしまうという危機感と。
もう誰も失いたくないのだ。
ここにいる全員が同じ気持ちだった。
漫画とかアニメとか映画であれば、全員が同じ気持ちで向くときには、奇跡がよく起こる。
僕らにも、起こるだろうか。
そんなことを思いながら、僕らは雑草の中を掻き分けていった。
「確かに、何もないな。ヨージの友達の言う通りかもしれない。俺らは飛んで火に入る夏の虫の可能性があるな」
先頭を切って歩く荒木さんは、膝丈の草をがしがしと踏んで僕ら二人のために道を作ってくれていた。
長い白衣の裾が草に揺らされ、ひらひらと泳いでいた。
「そうかもしれません。でもそうじゃないかもしれません。そうじゃないことを強く祈ってます」
「それは俺もだ」
車を降りたでこぼこの山道から施設は歩いて30メートルほど。
普通は歩いてそう時間もかからないが、いまは雑草やら不法投棄のがらくたやらでなかなかまっすぐには進めない。
かつて道があったであろう線をたどり、僕らは門までついた。
昔、ここで僕は母さんと施設の人が話しているのを見ていた。
点滅する車のライトに照らされた母さんの横顔は、悲しくもいまでもしっかり覚えていた。
当時はきれいにメンテナンスされていた施設の囲いも今では見る影もなく、蔦が生い茂り、スプレーで落書きをされ、素材も朽ち果てていた。
「もしここが犯人のアジトなら、歩いた跡とか人がいた気配とかがありそうなんだけどね」
有美ちゃんが必死に僕らについてきながら話した。
彼女の格好はどう見ても山には不向きだった。
白い膝下のふわふわとしたワンピースだった。
山に来ることを想定はしてなかったものの、何か別の服を着させてあげたかった。
しかし当の彼女は何もないようにずんずんと進んでいた。
さすが元陸上部は体の作りが違うらしい。
逆に僕は日頃の運動不足がたかって、もう息切れをしていた。
正面玄関は、昔の僕の記憶と何一つ変わっていなかった。
白い壁は、不気味なくらい白かった。
ただ、ここから人が入ったような跡はひとつもなかった。
「やっぱりここじゃないのかなぁ…」
有美ちゃんが不安げに蔦だらけの玄関を見上げた。
「犯人が出入りしているような気配はゼロだね」
見渡す限りの草木で、確かに人が来た跡は全く見られなかった。
「そういえば、荒木さんはここにきたことがあったんですよね?そのときはどういうかんじだったんですか?」
荒木さんは、正面玄関の奥の部屋をじっと見ていた。
「あ、あぁ、そうだな。そのときと全く変わってない。むしろ草がさらに生えてるな」
「中にはいったんですか?」
「もちろん、一通り中を見た。中はまさに廃墟だ。きれいに残っているところもあれば、荒らされているところもある。ただ、書類だったり関係する情報は紙切れの切れ端ほどもなかったよ。あとは夜逃げくらいのきれいな物の残りかただ」
「そのときはどこから入ったんですか?」
「正面からだ。そのときはまだこんなに草がなかったし、すんなりと行けたんだけどな」
再び正面玄関を見渡す。
無理やり行けばドアが開かないわけでもない。
僕は引き戸に絡まる無数の蔦や草を素手で払った。
幸いにして、トゲや攻撃性がある草木はなかったので、なんとかドアを開けられる程の障害物は取り除けた。
引き戸の凹みに両手をかけて、思いっきり左右に力を入れた。
ドアはぐぐぐと、ゆっくりだが動いた。
「ヨージやるじゃないか」
荒木さんは、自分の手を汚さないんですね、と心の中で思ったがいまは人の心を逆撫でするシーンじゃないと思い言い留まった。
引き戸は、徐々にだが重い腰をあげてくれたようで、ミリ単位で開いてくれた。
どうやらドアとの接合部である金属のサッシが錆びてドアと結合をしてしまっているらしい。
つまり、ここから人が入ったのはかなり久しいと言うことだ。
最後の力を込め、隙間を最大限広げた。
人が体を横にしてギリギリ通れるくらいの隙間になった。
「ナイスだ、ヨージ。見直したぞ」
つまり、いままで見下されていたというわけですか?と何故か毒を吐きたくなっていたが、頑張って飲み込んだ。
「ヨージくんすごい!力持ちだね!ありがとう!」
あなたの白いワンピースを汚さしたくなかったから頑張りました、と言いたかったが恥ずかしくて言葉が出てこなかった。
「じゃあ、行くか」
荒木さんが初陣を切る。
彼は本当に贅肉がなく華奢な体型だったので、するりと中にはいった。
月明かりがたまに僕らを照らす。
「先にどうぞ」
「ありがとう」
次は有美ちゃんの番だ。
彼女も体を横にして、狭い隙間へ体を差し込んだ。
白いワンピースが汚れそうで心配だったけれども、なんとかいきそうだ。
と思った瞬間だった。
「あ」
僕と荒木さんは同時に同じ声をあげた。
反応も一緒だった。
有美ちゃんが恥ずかしそうにこちらをちらりと上目使いで見た。
「ごめんね…ちょっと隙間が狭いかも…」
照れた顔が、なんとも言えず可愛かった。
つまり、荒木さんはやせ型で抜けれた隙間が、有美ちゃんには狭かったのだ。
その差分は、胸だった。
彼女のふくよかに成長した胸の分だけの隙間が無かったのだ。
狭いドアの間に挟まる彼女もまた魅力的だった。
ずっと月の光が照らしてくれれば良いと思った。
思わず見とれてしまったが、今はそんな暇じゃない。
「荒木さんも手伝ってくださいよ」
「はぁ、しょうがないね。これは貸しだからね」
「貸しでもなんでもいいですよ」
僕と荒木さんはそれぞれ左右のドアを力一杯押した。
ぎぎぎと低い唸り声のような音がして少し隙間が広がった。
「はぁっ」
有美ちゃんの声がして、隙間をするりと抜けた。
長い黒髪がしなりと揺れた。
「よかった。大丈夫?」
扉越しに声をかける。
「ありがとう。なんとか抜けられたよ。みんな細いからね」
えへへとはにかんでいた。
「ヨージ早く来いよ」
「分かってますよ」
荒木さんは、相変わらずマイペースだ。
有美ちゃんが抜けた隙間に僕も体を横にして、くぐり抜けた。
絶対に気のせいだけれども、有美ちゃんの体温が残っている気がした。
「よし、抜けた」
「じゃあ探索といこうか」
「そうですね」
ガシャンッ
背後で激しい音がした。
同時に砂ぼこりと煙が一気に舞う。
三人とも体を本能的にガードする。
一瞬何が起きたか分からなかったが、瞬時に理解した。
「やはり俺らは蛍だったわけだな」
「そうみたいですね」
口に服の袖を当てて答えた。
有美ちゃんは、荒木さんが瞬時に守ってくれていたようだ。
「ドアが…」
煙が落ち着くと、全貌が見えた。
先ほど力付くで開けたドアは瓦礫の山と化して、もう通り抜けはできなくなっていた。
つまり、
「閉じ込められたってわけだな」
「そうみたいです」
月の光もない施設の中に暗闇がずっと広がっていた。
これからどうしよう。
「犯人は近くにいる。少なくとも俺らの動向を伺っている。一回目でなにもしないのは何か考えがあるからだ」
荒木さんはそう言って、暗闇の先に視線を送った。
暗くて見えなかったが、きっとそうだ。
もう後戻りはできない。




