侵入直前
「やっぱり何にもない廃墟だね…」
お化け屋敷を見るように有美ちゃんが言った。
「まるで大学生のいたずらに来たみたいだ」
荒木さんが茶化すようにハンドルを握りながら言った。
僕は、体の中でゆっくりと冷めていく熱を感じながらも、先程見た夢をぼんやりと思い出していた。
夢で見ていた施設が目の前にある。
これは、夢ではなく現実だ。
夢と現実の境目が溶けて、無くなっていくようだった。
具合は最高に悪くはなかったが、最高に良い訳でもなかった。
社内は外気の冷たさに反してじんわりと結露を起こしていった。
白い施設。
暗闇でも白い壁が時おり顔を見せる月の光に照らされ、不気味に光っていた。
かつて子供たちが走り回っていた庭は、草がうっそうと生い茂り、もう庭とは絶対に呼べない状態になっていた。
施設を囲む策も形は残っているが、もうただの置物と化している。
周りの木々もその施設を隠そうかの如く我先にと枝葉を伸ばしているように見えた。
ここに犯人は要るのか?
「どうする?外に出てみる?」
少し熱気を帯びてきた車内の中で、提案をしたのは有美ちゃんだった。
荒木さんは、以前ここをくまなく探したこともあり、あまり期待をしていないようだった。
きっと一人で瓦礫の中を探し回ったんだろう。
大切な人が被験者となっている生々しい姿を頭の中で何回もかき消しながら。
僕もあの夢があったから、行きたいような行きたくないような気持ちが半分半分だった。
母さんを待ち続けたあの場所。
時計の一秒が永遠に感じられた白い時計塔。
いまでも嫌なくらいにしっかりと形が残っていた。
「ここにいても分からないし、一度中を見てみない?ヨージの友達が言っているなら何か確信があるんだろうし」
こんなときでも、有美ちゃんは強い。
正義感を武器に今までも率先して、周りを助けてきたんだろう。
そんな気高い中には、今にも壊れそうな彼女がいる。
それを守りたいと思うが、僕には役不足だ。
ぐいっと後部座席から顔を出しながら彼女が言うとふわりと髪から甘い匂いがした。
「そうだな」
荒木さんは施設を眺めながら答えた。
しかし声のトーンは落ちていた。
「そういえば、ヨージの友達は他にはなんて言ってるんだ?」
「この施設が座標としてヒットしたくらいしか聞いてないです」
「そんな根拠がない情報が当たってたらスゴいな」
それは僕も少し思ったところだ。
アイリのことは信じているが、今回は完全なるインスピレーションだろう。
「少し聞いてみますね」
リュックから携帯電話を探す。
(少し熱い?)
携帯電話らしからぬ熱さをまとっていた。
よくゲームをしすぎたり、ネットをしすぎると起きるあの発熱現象だ。
タケシが如何わしい映像を見たときと同じような状況だ。
きっと僕らが移動しているときも犯人の情報を集めていたんだろう。
画面をオンにする。
すると、いつものようにアイリからメッセージが来ていた。
『犯人はここにいる。強い熱反応を感じる。ちなみに、この森の至るところに監視カメラが設置されている。それは森に入る前からいくもあったわ。警察が設置しているものと型が違ったからきっと犯人が独自で設置したものよ。恐らく犯人は私たちがここにくるのを知っている。本当にここに来てほしくないのなら、もう何かしらの手はずを打つはずだから、犯人なりの考えがあると思うのが妥当。そしてそれにまんまと乗っている可能性もあるわ。もしそうだとしたら、本当に気をつけて。でも、逆に罠はないはずだから、すんなりと中には入れるはずよ』
一読して、『ありがとう』と短くお礼を返して、『また情報があったらよろしく』と続けた。
そして、メッセージの内容を二人に大まかに話した。
「その友達カッコイイネ、すごい。尊敬する。会ってみたいな」
と有美ちゃん。
「信憑性に欠けるが、それが本当だとしたら、チャンスだな」
と荒木さん。
僕らはそれぞれの思いを胸に施設に侵入することを決断した。
これからが、真の戦いになる。
そして、衝撃的な事実と現実をそれぞれが受けることを僕らはこのときまだ思いもしなかった。
犯人を見つけて、無事に帰れると思っていた。




