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始動、そして

僕が意識をはっきり覚ましたあと、荒木さんが簡潔に僕が記憶を失っていた一部始終を話してくれた。

そしてところどころ抜けている箇所を有美ちゃんが付け加えた。


僕は有美ちゃんを駅前で待っていた。

そして彼女がしばらくしてやってきた。

白い街頭の下で、彼女は僕を見つけ名前を呼んだ。

10メートルほどの距離からだった。

周りには誰もいなかったので、彼女は普段より大きめの声で名前を呼んだ。

その声に僕が気づいたようで、腰を掛けていたフェンスから立ち上がり、こちらを見た。

その次の瞬間だった。

僕が急に頭を押さえながら苦しんだらしい。

もちろん僕はその記憶を覚えていない。

僕が覚えているのは、母さんに捨てられた記憶だけだ。

そしてそのまま僕は苦しみながら地面の上であがいた。

周りには幸いなのか、不幸いなのかひとが全くおらず、有美ちゃんは僕の名前を読んで心配することしかできなかったようだ。

そして額ににじむ汗をハンカチで拭いてあげるだけだったようだ。

そんなとき、ひょっこりと荒木さんが現れたらしい。

僕らが来る時間を見計らって、ドーナツ屋の入り口まで迎えにいこうと出てきてくれた瞬間だった。

そして有美ちゃんが簡潔に荒木さんに状況を説明し、二人は僕を抱え家へつれてきたのだ。

昭和レトロな居間に布団を敷いて、僕を寝かせた。

しかし、寝かせたあとも僕のもがきは収まらなかった。

汗をかき、息は乱れ、体が時たまビクリと痙攣をしたそうだ。

その姿は健康的な男子大学生からかけ離れ、まるで悪魔にとりつかれたようだったと荒木さんは言う。

有美ちゃんは僕の急変した姿に怯えながらも、絞れるくらいに僕の汗を吸ったハンカチで額や顔全体の汗を吹いた。

そして30分ほど経ったときに、僕の乱れた呼吸は安定性を取り戻し、発汗が収まり、痙攣も静かになったそうだ。

そして、赤ちゃんが産声をあげる直前の呼吸のように大きく息を吸い、目を覚ましたらしい。



「具合は大丈夫?はい、これお水だよ」

有美ちゃんが布団のわきから、コップ注がれた水を渡した。

僕が飲みやすいように丁寧にストローが差してあった。

こんな良い子を僕が好きでいて良い資格なんてないし、その水を飲む価値なんてとうにないと思った。

なんだか自分でも悲観的な考えだなと思ったけれども、そのくらい僕の心は地に落ちていた。

でも、彼女があまりにも壊れそうな眼差しで僕を見るものだから、その行為を嘘でも受け取らざるを得なかった。

「あ、ありがとう。僕はもう大丈夫。それより犯人のことについて話したいんだ」

僕はまだ体の中にほのかに残る熱を感じながら、体を起こして言った。

「それはだめだよ。だってまだ体調は完璧じゃないのよ」

有美ちゃんは必死の形相で僕を止めた。

まだ熱が残る体を起こして、僕は続けた。

このままなにもしていないと、母さんの記憶と余韻に引き込まれそうだったからだ。

「とにかく、話だけでも聞いてほしい」

額の汗が塊となって、頬を伝っていく。

「話してくれ」

荒木さんがすぐさま回答した。

やっぱりこの人は利害が先に立つ人なんだろう。

だが、いまの僕にはありがたい。

そして、荒木さんにとってもありがたい。

お互いに今は利益が先行している。

荒木さんにとっては、今まで蓄積したデータベースを抹消され、犯人のヒントは喉から手が出るほど欲しい。

僕はやっぱりなんだかんだ言っても、好きな人の前ではいいところを見せたい。

それが叶わぬ夢だと知っていても、叶えたいと願うのが人間の性だ。

「荒木さん…」

何でそんなことが言えるの?とでも言いたげな表情で、荒木さんを見つめる有美ちゃん。

当の本人の視線は僕らのどちらにも向いておらず、ただ目の前のパソコンのディスプレイを黙視するだけだった。

「僕がゲットした情報は、彼女が探し当てたものだ。詳しい詳細は僕にも分からないが、いろいろと探っていったときに、犯人と思われる人物の最終電話の履歴から位置情報を突き止めた」

「すごい…」

僕をあわれみながらも、有美ちゃんは素直に簡単の声を漏らした。

細かいことを言ったら更に状況が混乱すると判断した。

有美ちゃんからの電話でアイリがショートをおこしかけて、僕にもよく分からないが犯人の居場所が分かった。

これは有美ちゃんが一度誘拐されたことに何か理由があるのだろうか?

いまはそれを論理立てて考えている暇はない。

こうしている間にも、犯人がいなくなってしまうだろう。

時間は刻一刻を争う。

そして荒木さんが言っていたタイムリミットもここで切れてしまう。

「それで、その場所はどこなんだ?」

「森の廃墟です」

「森の廃墟?」

「そうです、あの森の廃墟です。きっと荒木さんも知ってる…」

「いまはそういう話はいい。あの施設のことで間違いないんだな?」

「そうだと思います」

「はい」

有美ちゃんはきょとんとしていた。

荒木さんの悲しい恋の話を彼女は知らない。

「あそこは俺も何度も捜査をした。漏れがあるとは考えにくい」

「僕もそれは思いました。けれども、荒木さんが捜査したあとに、そこが拠点になったとも考えられます」

「なるほどね」

荒木さんは、相変わらずパソコンのディスプレイと視線を合わせながら僕と会話している。

「よし」

と、言ったのと同時にノートパソコンのディスプレイを勢いよくしまった。

「行くぞ」

「そう言うと思っていました」

僕は汗でぐっしょりと濡れた服が若干気になったが、着替えるのはいつでもよいと思い、重い腰を起こした。

「え?どういうこと?」

有美ちゃんがきょろきょろと交互に僕らを見る。

「情報は現場で掴まなければいけない」

荒木さんは小脇にノートパソコンを抱え、立ち上がり白衣の裾を翻して言った。

「君のお姉さんを取り戻しにいくんだよ」

「え?」

更に意味がわからないと言った風な顔をしていた。

「僕は加南子を取り戻しにいく」

僕を救ってくれた家族のために、加南子を取り戻す。

「運転は僕がする。みんな裏口に回ってくれ」

僕はまだ余熱が残る重い体を起こして立ち上がった。

視界がふらつく。

けれども車移動なら問題ない。

ばたつく男二人を前に有美ちゃんは冷静に自分ができることを見極めていた。

「水買ってくるね、私」

彼女のその優しさと強さは何処から来るのだろうか。

亡くなった双子がそうさせたのだろうか。

「あと5分後に家を出る。そして、森の施設に向かう」





話は先程のうっそうと繁る森の探索に戻る。

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