開幕式
僕らは昭和レトロ感が溢れる居間のちゃぶ台に仲良く三人で座り、無料でごちそうになっているドーナツを遠慮なく食べていた。
さすがにダミーの部屋に三人入るのは狭かったし、何よりも地下の爆発のおかげで焦げ臭い空気が充満し始めたのだ。
今後調査に一緒に有美ちゃんが加わっていくのであれば、この爆破事件の件も知っておかなければいけないが、いまは有美ちゃんを覗いた僕と荒木さんで事を片付けるのが先だ。
僕らはすでに犯人に顔が割れており抹消のターゲットになっている。
そこに有美ちゃんまでも危険にさらしてまで捜査をする必要はない。
有美ちゃんは若干荒木さんに距離をおきながら、先ほど店内から取ってきたチョコレートがたくさんついたドーナツを両手で礼儀正しくもってはむはむとかわいらしく食べていた。
有美ちゃんの左側に座る荒木さんに定期的に視線を送り、彼がなにかしでかさないか見張っているようだった。
当の僕もオールドファッションをごちそうになっていた。
片手で中のクリームが溢れないように優しく食べ進めた。
僕自身はすっかり荒木さんを信用していたので、有美ちゃんの不自然な行動にも気づけるくらいの余裕が生まれていた。
かくゆう荒木さんはそんな僕らのことを全く気にせず、どこからか持ってきたパソコンでかたかたと何か作業をしていた。
「荒木さん、ドーナツ食べないんですか?」
「あぁ、もう小さい頃から死ぬほど食ってきたからな。それに俺は1日1食派なんだ。無駄なカロリーは取らない主義だ」
無駄なカロリーと言われて、有美ちゃんがぴくりと眉を動かした。
ただでさえ、険悪な仲なのに火に油を注ぐようなことはしないでほしいものだ。
「これから頭をたくさん使うので、当分とらなきゃですよ、荒木さん」
荒木さんは少し考えて、「そうだなと」言って目の前に10個ほど山盛りにお皿に乗ったドーナツからいちばんシンプルな豆乳ドーナツを一つ掴み食べ始めた。
「これからどうするの?わたし、なにか、できることある?体力には自信があるから、聞き込み調査とかビラ配りとかなんでもするわよ」
有美ちゃんがドーナツを食べ終え、荒木さんがご丁寧に容易してくれた濡れ布巾で手を吹きながら言った。
「いや、きっと犯人は普通のひとじゃないんだ。だから、きっとマンパワーでどうこうなるって相手じゃないんだよ」
「普通じゃないって?」
「んーと…」
爆発のことをうまく話さずに言うにはどうしよう?
と、困っているところに荒木さんが手助けしてくれた。
「犯人は頭脳派なんだ。将棋で言う名人みたいなもんだ。僕らが何か行動を起こす度にその次の手だったり、回避策を何万手も考えてる奴だ。そして」
「そして?」
「かなり大胆で、目立ちたがり屋の自己主張がかなり強いやつと見た」
「どうしてそう思うの?」
有美ちゃんが半分理解して、半分理解できていないような表情で荒木さんに問いかけた。
「あれ、ヨージはまだ言ってないのか?
ヨージの妹ちゃんを誘拐するときに、ご丁寧に俺のコスプレをしてたんだぜ、犯人は」
言ったような言わなかったような、もう目の前で目まぐるしく起こることに対して記憶力もついていけていないようだ。
「なるほどね」
有美ちゃんは理解したような表情になり、続けた。
「それで、二人はその大敵相手にどう戦っていくつもりなの?」
「とりあえず、体制を整える。実は犯人に俺が約10年ほどかけて蓄えてきたデータをすべてやられてしまってね、その土台固めをしたいんだ。そして、ヨージの友人にハッキングがすごくプロ級に優れるやつがいるみたいでね、その子の力を借りて再スタートをする。最悪、MARIAの心臓部を壊せればそれだけでも大手がらだ」
カタカタとパソコンを叩きながら、僕らのことは見ずに言った。
「へー!ヨージくん、すごいね!頼りなるね」
有美ちゃんが顔をキラキラさせながら言った。
「いや、僕がすごいんじゃなくて、彼女がすごいだけなんだ」
と、すぐに否定した。
すると、すぐさま荒木さんが返した。
「お、お相手は女性か。すごい手練れだなぁ。一度お会いしてみたいな。どこで出会ったんだヨージ?この事件が終わったら会わせてくれよ。俺にもそのハッキングのノウハウをレクチャーしてほしいなぁ」
僕は気が抜けていたせいか、アイリの性別について口を滑らせてしまった。
「あ、いや、まぁいいじゃないですか。それに荒木さん、その子のことを干渉するのは止めるってさっき約束したばっかりじゃないですか」
なぜかしどろもどろになる僕だった。
そして、なぜかこの状況のせいもあるが、有美ちゃんに誉められてもなにも感じなかった。
誉められたのはアイリだからかもしれないけれども。
有美ちゃんはなにも言わなかった。
そしてその沈黙を続ける有美ちゃんに荒木さんは一瞥を加えた。
「恋人なのか?」
思わず手に持っていたあと3口ほど残ったドーナツを落としそうになった。
「な、なに言ってるんですか。まさか、そんなわけないですよ!付き合えるわけがない。どうがんばっても付き合えないですよ」
だって、相手は携帯電話のAIなのだから。
「ふーん」
荒木さんはなぜか楽しそうな表情をして、僕を見た。
有美ちゃんもなぜか荒木さんと同じような表情をしていた。
「とにかく!彼女は恋愛対象ではないです。大事なパートナーではありますが…いまは事件を解決する方が先です」
「ふーん」
荒木さんがまだにやにやしていた。
「作戦、立てましょう!」
こんなのほほんとちゃぶ台でドーナツを囲っているうちに、可南子はどうなっているかわからない。
「3日目が山場なんですよね?」
「そうだ」
「そうなの?」
一旦ここは、有美ちゃんへの回答を省く。
「よしっ」
パタンっとキリの良い音を立てて、荒木さんがパソコンの画面を閉じた。
「決まりましたか?」
僕はすっきりとした表情になった荒木さんの顔を見なが問いかけた。
「あぁ。第二幕の始まりだ」
両手を高々と上にあげ、開幕宣言をした。
これから、壮絶な妹と姉救出作戦が始まる。




