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生きて

荒木さんは、はっきりと「アイリ」と言った。

この家には二人きりしかいない。

聞き間違えるなんてあり得ない。

それに、この静かで小さい寝室には、しんという音と僕らの会話以外音はないはずだ。

(荒木さんは、アイリを知っている…?どうして?どこからバレていた?もしかして、はじめから知っていた?知っていて、僕に近づいたのか?)

荒木さんが悪い人ではないという確証か僕の中で高まっていたからこそ、この発言は聞き逃すことができない。

僕はどくんと鳴った心臓のあたりが痛かったのもあって、荒木さんが手渡してくれた携帯電話をまだ受けとれずにいた。

すると携帯電話はブブブと振動をした。

「おっ、やっぱりメールか。悪いな、ひとの携帯電話を見る趣味はないんだが、たまたまディスプレイに写ってたもんでよ」

荒木さんはそう言うと、ぐいっとさっきよりも手を伸ばして僕に渡してきた。

「え?」

訳もわからず携帯電話を受け取った。

そして画面をオンにするボタンを押した。

そこには、アイリがメールを送ってくれるときのメールのアイコンマークと『Airi』の名前が並んでいた。

荒木さんはたまたまこの画面を見たんだ。

携帯電話が僕のポケットから落ちる瞬間にアイリは僕に対して何かメッセージを送ったんだろう。

そして、そのメッセージの通知機能が働いて、荒木さんが拾ってくれたときに、たまたま目に入ったのだろう。

僕は携帯電話の画面をオフにした。

アイリの画面は僕がひとりのときにゆっくり見よう。

「あ、ありがとうございます」

きっとアイリが犯人出現から地下室爆発までの一連の出来事を踏まえて、何かメッセージを送ってくれているんだろう。

僕は、再び携帯電話をズボンのポケットに仕舞い込んだ。

今度は、二度と落とさないように、大事にだ。

正直、ほっとした。

荒木さんがアイリを知るはずはないし、知っていればそれは大問題だ。

アイリは家族も知らない、その存在は僕しかしらないのだから。

「さーてと。これから、どうする?」

荒木さんは何事もないみたいに僕に話しかけてきた。

「どうしましょうね、ほんとに。僕の友達には引き続き調査のお願いはした方がいいですか?正直、さっきの爆発の一件で次は確実に命を狙われると思っています。友達を巻き込むわけにはいないかなと」

よくある大学生が言うように、僕も何事もないみたいかのように、さも友達を大事にする市民のように話した。

もちろん、アイリを守るためだ。

「それは、できないな。申し訳ない」

即答だった。

「俺の蓄積してきたデータと君の友達のハッカー力を掛け合わせてようやく犯人の足元に及ぶくらいのレベルだった。だが、もう俺らは奴等からしたら微生物以下の存在だ。だが、君の友達は潜在能力を秘めている。君の友達かやってきたことは、並大抵のことじゃない。そのレベルは国が保有するデータにまで干渉できるくらいのものだと思う」

「…そうですかね」

なにも言えなかった。

「実はね、ヨージ、俺は君が隠していることを何となく知ってるんだ」

「え、どういうことですか?」

やっぱりアイリのことはばれているのか?

「申し訳ないけどね、それはたまたまだったんだよ。俺は吉岡有美に用があって、頻繁に大学を行き来している。そのとき、たまたま見てしまったんだよ」

「な、なにをですか?」

ごくりと喉を流れる唾が喉を痛める。

「君と友達がこの事件に近づいていることがね」

「そんなことないですよ」

否定するのでいっぱいいっぱいだった。

「いや、あれはね、もう同業の臭いしかしないかんじだったよ。君が食堂の裏で君のハッキングが得意な友達だろう、その子と話していたのを聞いたんだよ」

あのときか。

「いままでタイミングが無くて言っていなかったが、先月アメリカで起こった女子連続誘拐事件のことだ。あの事件は今回の事件とも繋がりがあるんだよ。ちなに失踪した女の子達は全員MARIAが管理する施設の出身または在籍中の子達だ。一般の報道でもそこまでは情報として公開されていない。そのトップシークレット級の情報に普通の地方国立大学の一般大学生の友達が介入できるわけがないんだよ。ちなみに俺だってその情報にたどり着くまでに膨大な時間を費やしたよ。なぁ、ヨージ、もう隠し事をやめよう。お互い目的は一緒だ。お前は妹を助けたい、そして有美の姉さんを救いたい。俺は初恋の人の命を奪った犯人をこらしめたい」

ここまで言うと、すっと立ち上がったかと思うと、荒木さんは両ひざを曲げ、床につけ、額をカーペットにつけた。

「なぁ、頼むよ。もうこれが最後のチャンスだと思ってるんだ。もう俺もあとがない。顔は割れてる。家族にも迷惑がかかる。いつ消されてもおかしくはないんだ。だから、最後に足掻かせてほしいんだ。このとおりだ。本当に頼む」

荒木さんは深々と土下座をしていた。

「や、やめてくださいよ、そんな。そんなつもりで言ったんじゃないんです。僕も友達を守りたくて…」

「分かってるよ。言わなくて良い、もうお前の秘密に対しては俺は一切の介入をしない。お前の秘密も守る。そして、この事件が解決したら俺はこの町を去る。お前に迷惑がかからないような道を歩く。もし、俺の命があればだが」

「と、とにかく、顔を上げてくださいよ。大丈夫ですよ、もう。」

両手で荒木さんを抱き抱える。

細い肩だった。

見た目にも細身で贅肉がない体だとは誰が見ても一目瞭然だが、思っている以上に痩せている肩だった。

(有美ちゃんの肩も細かったな)

つい数時間前の出来事をまるでずっと前の記憶のように思い出した。

僕は、できるのか?

相手は次の瞬間命を狙ってくるようなやつらだ。

アイリは死なないが、僕らは命がなくなる危険性がある。

僕だってもう顔は割れている。

(考えなくたって、答えは出ているな)

「荒木さん」

座り直した荒木さんに向かって、僕は椅子から降り、正座をした。

「約束してください」

「なんでもするさ」

「いいえ、これだけで大丈夫です。本当は、友達のことには一生触れないでくださいとかいろいろ考えたんですが、これだけで大丈夫です」

「なんだ?なんでもするぞ」

「言いましたね」

「もったいぶるなよ」

「じゃあ、約束してくださいね」

「あぁ」

「この事件を解決して、生きて幸せになってください」

それは、他の幸せを心から願う僕の心の底からの願いだった。

「おい、漫画みたいなこと言ってる余裕はないんだぞ」

「いや、本当の約束ですからね」

「お前ってやつ変わってるな。あぁ、もちろんだ。俺が死ぬわけはないんだよ。この事件も解決できる。よし、ヨージ、俺の店のドーナツ全部食って良いぞ。社長の俺が許す。さぁ行くぞ。なんか一仕事したら腹へったな。よし、行くぞ!ほら!」

荒木さんは、すくっと立ち上がり、僕を無理矢理お店の方に引っ張っていった。

すごく楽しそうな荒木さんがなんだがすごく切なかった。

ドーナツ何を食べようかなと悩んでいたから僕には聞こえなかったが、荒木さんが店に入る前にぽつりと「アイリ…まさかな…」と言っていたのは、店内の客の騒音に掻き消された。

「なんか、言いました?」

オールドファッションをトングでつまみながら僕は聞き直した。

「あ、あぁ?いや、そういえぱあの子も幸せに生きてねって俺に言ってくれてたなって思い出してな」

「素敵な子だったんですね」

「そりゃあまぁな」

僕のトレーに5個のドーナツが並んだところで、荒木さんは恥ずかしそうに笑った。

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