行動すれば
荒木さんの掛け声がかかったもものの、僕らはすぐに地上へは向かわなかった。
やはりお互いに冷静であったのもあるが、ここでただまっすぐ犯人らしき人物の前に手ぶらでいっても犯人を確実に確保できる勝算がなかったので、ある程度は作戦を寝る必要があったのだ。
だが時間は確実に限られている。
犯人が何を思って荒木宅に来たのかは全くもって目的不明だが、格好のチャンスを逃すわけにはいかなかった。
だが、僕らには時間はない。
後ろのモニターには、まだ偽物荒木の姿がしっかり写っていたが、それは“今”の話だ。
僕らが玄関の扉を開けた瞬間に姿をくらましていることも用意に想像できる。
しかし、ひとりがここに残ってモニターを監視し続け、犯人がいるかどうかを見るのは犯人を確保することに直結しない。
つまり、二人で犯人を捕まえるのが勝算が高いやり方だ。
「どういきますか?」
「そうだな、二人で正面切って向かっていくのも策のひとつだが、いろいろとシミュレーションをした中では勝ち目が低そうだ」
「ですね。それなら挟み撃ちになりますかね」
「そうだな。幸い、玄関のドアと勝手口の間に犯人がいる。土地勘がある俺が、勝手口の方から回り込む。ヨージ君は表から犯人を出迎えてくれ」
「犯人は確実に逃走すると思いますよ。そのときはどうします?」
「玄関からこの家を囲む裏庭は全部回りをコンクリートの塀で固められている。しかもそこまでそう簡単に乗り越えられる壁の高さではない。犯人がもぐらで穴を掘るか、鳥になって空を飛ぶかしか逃げ道はない」
「わかりました」
「よし、じゃあ30秒後だ。上に出てからジャスト30秒後に玄関のドアを開けろ。俺も勝手口から飛び出して犯人を捕まえる。いいな?」
「もちろんです」
恐らくこれから走ったり、追いかけたり、激しい動きをするのが予想される。
僕はズボンのポケットにあるアイリを落とさないようにぐっと奥に押し込んだ。
ハッキングルームを出るときに、ちらりとモニターを再度見た。
まだ犯人はいる。
あたりをキョロキョロとしている。
荒木さんの任務開始の発生から30秒後の出来事だった。
僕らは部屋をあとにし、階段を登りそれぞれの定位置に向かった。
誰もいない部屋のモニターの明かりだけが、らんらんとついていた。
そして犯人はまだそこに写し出されていた。
一瞬、こちらを見るような視線を送る。
そして、にやりと笑い、まるで隠しカメラに微笑みかけるような表情を浮かべ、また再びキョロキョロとあたりを見回した。
上の階に上がると、あたりはすっかり真っ暗闇に包まれていた。
時間はもう17時過ぎなはずだ。
母さんに遅くなると連絡していないことに気付き、家庭がこんな状況なのに不謹慎な息子だと情けなくなった。
だが、いま連絡することはできない。
あと15秒経ったら、玄関のドアを開けて、目の前にいる犯人を荒木さんと一緒に挟み撃ちにして捕まえていなければならない。
いつもは短く感じられるテレビコマーシャル1本分の長さが永遠にも感じられた。
まだだ、まだだと思っている自分と、一生来てほしくないと思う自分がいる。
まさか一ヶ月前はのらりくらりの大学生活を送っていた僕がこんな忍者のように息を潜めて犯人を捕まえようとする日が来るなんて思ってもいなかった。
あと10秒。
おしゃべりする携帯電話を買って、好きな子が誘拐されて、妹も誘拐されて、次はどんな試練が待ってるんだ。
僕の人生は初めからうまくいくとは思っていなかった。
母さんに捨てられ、施設に入れられた。
父さんは初めからいなかった。
だが、いまはようやく幸せな家庭に根を生やせるようになったのだ。
ようやく見つけたこの安定の地を自ら手放すようなことはしたくない。
あと5秒。
だから、僕は自分で自分の世界を変えないといけないんだ。
荒木さんが言っていたみたいに、考えても自分の世界しか変えることはできない、でも行動すれば自分以外の世界も変えることができるかもしれない。
あと3秒。
息をするのを忘れていた。
物音をたてないように、そっと玄関のドアに近づく。
幸い家のなかも外も暗闇であったので、ドアのガラス越しに影が写ることはない。
犯人の影も見えていないので、僕の影も見えていないはずだ。
あと2秒。
ドアの隙間にゆっくりと手をかざす。
あと1秒。
右手の指先に力を込める。
0秒。
勢いよくドアを開けた。
自分でもビックリするくらいの大きな音でドアが開いた。
意外な光景がドアの向こうにあった。




