解体への道
荒木さんが勢いよくドアの扉を開けた。
ドアの隙間の奥には暗闇が広がっていた。
僕をおいてけぼりにして、荒木さんは部屋の中に入った。
僕は入ることを躊躇っていたが、扉の奥から「早くしないと父さんか母さんが帰ってきてややこしいことになるぞ」と脅されたので、迷う暇なく扉の中に飛び込んだ。
玄関に一番近い荒木さんの私室ということもあって、誰かが来ると否が応でも鉢合わせしなければならない、それは避けたい。
勢いよく飛び込んだ扉の向こうには意外な空間が広がっていた。
「これって…?」
「おー、気を付けて降りてこいよ」
眼下には、先が暗闇で見えない長く細い階段が続いていた。
手作りのようなその階段はコンクリートのような素材で一段一段きれいに重ねられていた。
「手すりは予算不足でつけられなかったから、壁づたいに手を張って降りてくれば大丈夫さ」
階段の奥から壁に反響した荒木さんの声が聞こえてきた。
声の反響ぶりを予想するにかなり奥に荒木さんがいることが分かる。
僕は真っ暗なその階段を一段ずつ慎重に降りていった。
一分ほど階段を下った頃だろうか、右足でどんなに次の階段の段差を探しても段差がなく、平らな地面が続いているのが足先の感覚で分かり、もう階段は終わったのだと悟った。
いままでずっと暗闇の中にいたせいもあって、目が暗闇に慣れていたために、奥に光る僅かな光りさえも非常に目に刺激になるような輝きをしていた。
その光に吸い込まれるように僕は歩き続けた。
今度は段差を確認しなくてもよかったこともあり、壁に手をつきながら、どんどんとその光に向かって進み続けた。
光は近づいてみると、小さくて質素な裸電球であることがわかった。
そしてその頼りないような光の下に、ドアのような形をした四角形の凹凸があることに気がついた。
僕はその凹凸を両手でじっくりとなぞった。
鉄でできたそのドアは冷たいキンとしたものではなく、どことなく温かい肌触りがした。
地下に潜っているのに、そしてこの12月の冬の季節にしては、不思議なくらい温かかった。
そしてじっくり触っているうちに、のっぺりとしたそのドアらしきものに手の先がしっくり入るくらいの窪みがあることに気がついた。
ドアの隙間だろう、僕はその窪みに右手の指先を掛け、ゆっくりと鉄製のドアを横に動かした。
急に眩しい光を目に浴びたせいで、目眩ましを受けたような状態になり、辺りが分からなくなった。
両手で光を遮ると、徐々に光に目が慣れてきた。
目が慣れるのと同時に部屋の奥から温かい空気がじんわりと僕を包んでいるのを感じた。
(荒木さんはこの部屋にいるのか…?)
ようやく慣れた両面を少しずつ開けていく。
すると、目の前に今度は青く、静かな光がその部屋全体を包んでいるのが分かった。
大量のパソコンのモニターがそこにあった。
六畳ほどの広さの部屋にモニターがテーブルの上に三台、その上に三台、その脇に別のモニターらしき画面が二台あり、地図やら数字やら写真やら動画やら僕にはさっぱり理解できない情報がところせましと写し出されていた。
その大量のモニターを要塞としたときに、操縦席のようにぽっかりと空いた真ん中の空間に荒木さんは座っていた。
何事もなかったかのように、かちかちとキーボードをタイプしていた。
そのハッキングルームは、ゴミなどがひとつもなく、生活感は全く感じられない、綺麗というより無機質なくらい整えられていた。
まるで病院だな、と感じたほどだった。
必要最低限で最大パフォーマンスを出そうとしている、施設そのものだった。
「ようやく来たか。思ってたより早かったね。俺が初めて来たときよりも到着が早い、さすがだ」
荒木さんは相変わらずモニターをカチカチしながら話した。
僕はモニターに向かう荒木さんに近づきながら、「思ったより真っ暗闇でしたよ。これ荒木さんが全部作ったんですか?」と問い、「そうだよ、ドーナツを作る要領で全部できたよ」と答えられ、何も返せなくなってしまった。
「僕ドーナツ作ったことないので、どれくらいの要領がいるのか想像つきません」
「簡単だよ、形あるものを繋げていくだけなんだから。形がないものを追う方が何倍も難しいよ、情報とか、恋とかね」
気のせいかもしれないが、最後の言葉はやけに優しさに満ち溢れていると感じた。
「ちなみに荒木さん、僕はここで何をすればいいんでしょう?僕はその高そうなパソコンたちをどうこうして犯人につながる情報を掴めるとは思えないです」
「話は早いさ。そのハッキングができる友人をここに連れてきて、一緒にやろうと一言言えばいいんじゃないかな。この環境を見てハッカーは興奮しないわけがない。どうだね?いますぐにでも連絡を取ってくれないか?」
「荒木さんのレベルならひとりでもできそうな気がしますけど」
僕はなんとかアイリを外に晒すのを回避しようとしていた。
「いや、君の友人は僕が突破できなかったモニターの壁を容易に乗り越えているんだよ。俺でも崩せなかったセキュリティのロジックを壊せるスキルを持つ人物は相当だ。だから必要なんだよ。過去に何度もMARIAへのハッキングをしかけたことはあった。だがその厚すぎるセキュリティの壁に何度も跳ね返されて、何億というウイルスにパソコンが感染したんだ。抗体を何度作ってもダメだったよ。だから、俺のいまの力では不足してるんだ。なぁ、分かるだろ?」
黒皮のロッキングチェアからすっと立ち上がり、懇願する荒木さん。
その勢いと真っ直ぐで力強い眼差しに思わず僕は目を反らす。そして、
「分かりました。一旦メールしてみます」と言った。
僕はポケットから携帯電話を取り出してメールを打つ振りをした。
アイリにはいままでの話がすべて伝わっているので、特に前段も必要ないと思い、『どうする?』とだけ打った。
すると、すぐに返事があり『ヨージが言うならやるわよ』と画面に文字を並べた。
そして僕の気持ちとして、『アイリのことは荒木さんに内緒だ。会話も全部メールで行う。アイリの露出は最低限でやる、いいね?』と添えた。
『えぇ、もちろん』と秒速で返事が届いた。
一旦スマホを元のポケットに入れ直し、荒木さんに向き直った。
「友達なんですが、大丈夫だそうです。でも訳あって、メールでしかやりとりできません。それでもいいですか?」
「あぁ、もちろんだよ。ありがとう」
アイリみたいな口調だなと一瞬思ったが、次の荒木さんの言葉を聞いてすべて吹き飛んだ。
「そいうえば、何日か前に俺の情報にアクセスしようとして跳ね返されていたことがあったが、それってもしかして君たちの仕業なの?」
「…」
「当たりだね。大人を見くびると怖いよ。まぁ、いまは仲間だけどね」
地下にいるせいなのか、背中につーと冷や汗が流れていた気がした。
「さぁ、はじめようか」
荒木さんがばっとクリーニングに出したばかりのようにぱりっとした白衣を翻し、大量のモニターの前に仁王立ちになった。
モニターのブルーレイで青白く光る白衣はやけに神秘的だった。
「何を始めるんです?」
「MARIAの解体さ」
「そうだ、解体さ」
「解体って具体的に何をするんですか?」
犯人を突き止めるだけではないのか?僕は荒木さんのその野心めいたギラギラとした瞳と勢いに少しおののいた。
「MARIAの真の正体を突き止め、その悪の皮を矧がし、二度と被害者がでないようにすべて解体しきる。それが解体だ」
両手を天井に高々と上げた荒木さんは叫んだ。
アイリ、いっぱいお願い事をしてしまうけど、許してねと心のなかで謝りながら、僕はこれからの苦行を想像した。




