過去回想録、影の存在
「泡が揺らぐその縦長の水槽のなかで彼女はふらふらと揺れていた。顔は隠れていたから表情は確認できなかった。そしてそれをみている俺も状況が飲み込めずに窓のところから動けないでいた。さらに俺が非力だったのは、そこで声をあげることも、暴れることもできず、彼女の状態から目をそらせないでいたことだった」
荒木さんは僕の硬直をよそに、つらつらと話続けた。
そこに感情は感じられず、なにか物語を朗読しているかのように、つまらずにすらすらと話をしていた。
「しばらく動けなかったし、目をそらすことができなかったから、俺は彼女を見ることしかできなかった。すると、彼女の後ろにいた有美の母さんがすっと彼女が入っている水槽の前に移動したんだ」
「やっぱり、有美ちゃんのお母さんなのは間違いないんですよね?」
「あぁ、有美の姉と付き合っていたときに、写真をみせてもらったことがあってな。唯一の写真だったそうだ。君も知ってるかもしれないが、有美の母さんは有美が生まれる前くらいから少しずつおかしくなっていった。そして爆発事故に遭って亡くなった、そうだよな?」
「はい、そう伺っています」
いや、待てよ。
何か違和感がある。
そうだ。
「あの、ちょっと話がおかしくないですか?」
「飲み込みが早くていいな」
「お母さんがなくなったのは、数年後のはず。荒木さんが会ったとするなら、あの駅前の爆発で亡くなったのはお母さんは本当は生き残っていたってことなんじゃないですか?」
「そうだな、当たらずとも遠からずといったところだな」
「どういうことですか?」
僕は近づきつつある真相に少し恐れを感じていた。
もうこの話を最後まで聞いてしまったら、いよいよ後戻りはできない。
ただ一般市民の興味本意でアイリと探偵ごっこをしたあの頃には戻れない。
いや、もう荒木さんと取引をしている時点で時効にはできない。
中途半端に足を突っ込んだ僕自信の甘さだ。
まさかこんなことになるなんて。
もう、乗りかかった船だ。
次の陸に到着するまで後悔するしかない。
「正しくはな、“死んではいない”なんだよ。あの爆発は仕組まれたものだった。有美の母さんの家族への情を完全に絶ち切るための組織の計画だったんだよ」
「組織…?!」
「そうだ。初めからあそこで母さんは亡くなるシナリオだった。まさに組織の細胞として動いていたひとらしいよな」
「すいません荒木さん、ちょっとついていけなくなってまして。組織ってなんです?」
「あぁ、君はそこまでは知らないのか、まぁ知らなくても当たり前か。この連続誘拐事件と俺の愛した彼女の死、そして有美の母さん、これらの裏にはある組織が大きく関わっている」
「組織…」
「そうだ。その組織の名前は」
僕はいよいよ唾が飲めなくなってきていた。




