過去への入り口 荒木編
「お待たせしました」
「マスターいつもありがとうございます」
「いいえ、荒木くんはうちの常連だからね」
「いやいや、僕のおばあちゃんの方がかなりお世話になってますよ。ここの美味しいコーヒーを教えてくれたのもおばあちゃんですし」
「荒木くんはうまいなぁ。今日はもう一杯サービスするよ。隣の坊っちゃんの分もサービスするよ。遠慮せずにゆっくりしていってね」
「申し訳ないです。またお邪魔させていただきますね」
カウンターではマスターと荒木が常連話に花を咲かせていた。
僕は慣れないカウンター席だったり、目の前の飲んだことがない初めて見るウィスキーのボトルだったり、いつも駅前で飲んでいるチェーン店のコーヒーとは違う香ばしい品がある香りにそわそわしていた。
「あ、すみません、ありがとうございます」
マスターがご馳走してくれると言ってくれたので、飲むかはわからないがとりあえずお礼を先に言った。
右側にいる荒木青年を見ると、品が良い白い陶器でできたコーヒーカップを優雅に持ち、コーヒーの香りをかぎながら、うっとりと楽しんでいた。
僕も真似て一口、口に含んでみると、その鼻から抜ける爽やかな香りと口の中に広がる柔らかい甘味にとろけそうになった。
「お、おいしい…!」
思わず言葉がこぼれた。
その感動している僕の姿をマスターが見てにっこりしていた。
荒木はというと、僕のことは気にせずコーヒーを楽しみ続けていた。
「さて、まずは君の目的から聞いてもいいかな」
「え?僕から…?そうですよね…でもここで話して良いのか…」
マスターはいい人そうだったし、言ってもなにも害はないと思ったけど、初対面であったので心配だった。
そんな僕の心配を悟ったのか、「大丈夫だ。マスターもいろいろと訳ありなひとだから」とフォローをしてくれた。
それが聞こえていたのか、マスターはまたにっこりと僕らに微笑みかけてくれた。
「じゃあ…」
と僕はことのあらましを、昨日起こった可南子の失踪から、有美ちゃんのお姉ちゃんの失踪について話した。
荒木は僕が話をしているときに、なにも言わず、こくこくと相槌だけを打った。
「話は分かったよ。それで俺に何をしてほしいの?なんの情報が欲しいんだ?」
「率直に言います。僕らはあなたが犯人なのではないかと思っています。だから、もし犯人なのであれば、もう可南子と有美ちゃんのお姉ちゃんを解放してほしいんです。そして、有美ちゃんたちに嫌がらせをしないでほしいです」
言い切った。
たぶん、相当早口だったと思う。
息継ぎなして一気に話をした気がした。
荒木は真っ直ぐ僕を見た。
そして視線を反らして、豊かなコーヒーを一口啜った。
少しだけ間があって、
「なるほどね」
と言った。
「どうなんですか?」
僕は慎重に尋ねた。
すると、
「ハハハ。君はすごく面白いね。興味深い!」
と腹を抱えながら笑い始めた。
「え?」
まさかの反応過ぎてあっけらかんとしてしまった。
ふふふと小刻みに震える荒木を僕は見るだけしかできなかった。
「申し訳ない。君があまりにもまっすぐな人過ぎて驚いてしまって。久々にこんな純粋なひとに会った気がするよ」
「は、はぁ…」
「君の気持ちは受け取った。よし、では僕の知っている、君のほしい情報を提供しよう。取り引きだ」
「お願いします」
これで答えがわかる。
ゴクリと唾が自ずから喉を走った。
「俺はね」
「はい」
お互いの視線がつながる。
もし、荒木が犯人だとしたら?
ここで逮捕する?
どうやって?
マスターにお願いする?
警察を呼ぶ?
その間に荒木が逃げたら?
答えが出るまで頭のなかをぐるぐると考えがめぐる。
早く答えが聞きたいような、もう少し先伸ばしにしてほしいような、複雑な心境だった。
「俺はね、犯人」
やっぱりだ!荒木が犯人だったんだ!
「…を探している。君と一緒だ」
「…へ?」
(犯人を…探している…?)
「え?どういうことですか?」
「俺はね、犯人を探している。つまり、君と一緒ってこと」
「すいません、いまいち、理解が追い付いていなくて」
「おいおい、どうしたんだよ。もう一回言うよ。俺はねここ最近起きている誘拐事件の犯人ではない。だから、君の妹だったり、有美の姉ちゃんを連れ去ってはないない。そして、僕も被害者のひとりとして、犯人を追っている。これで分かった?」
「わかったような、わからないような感じです」
「どうすればわかるかな…」
呆れた感じ寝癖でぼさぼさの髪をぽりぽりとかいた。
「そうだな…俺と君は利害が一致してそうだ。俺は今日マスターが最高のコーヒーを入れてくれたから最高に機嫌がいい。しかもその最高のコーヒーを一杯サービスしてくれるときた。ここは、少しだけ俺の昔話をしてもいいな。そしたら、俺が言っていることを君が理解できそうだ。その上で、俺の捜査に協力してくれ。いいね?」
「はい」
状況が飲み込めていない中だった。
だが、少しでも犯人に近づきたくて、僕は即答をした。
「マスターもう一杯よろしくお願いします」
「はいよ」
マスターが後ろの棚からコーヒーカップを拠り好み出した。
僕はこれからどんな話が出てくるのか、全く想像もできないでいた。




