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母の行方

「アイリ、必要な情報はほぼ揃ったんじゃないかな」

「えぇ、犯人に近づいてきている気がするわ」

「犯人にもだけど、可南子と有美ちゃんのお姉ちゃんに近づかないといけない。調査はどんなかんじ?きっとアイリのことだから、僕らの会話を聞きながら水面下で進めていてくれそうだと思ってるよ」

「もちろんよ。期待は裏切らないわ」

有美ちゃんが去ってからかれこれ20分が経過した。

カフェの壁にかかる小振りな古時計は時刻は3時10分を指していた。

「よし、じゃあひとつずつ整理をしていこう。まずは、どこから取りかかろうかな…」

「まずは有美ちゃんのお母さんの話から整理していきましょう。わたしなりにまとめてみたから、このペーパーを見て」

アイリがワードにまとめた資料を写し出した。

「前半は出会いだね、そして後半が有美ちゃん誕生から別れのパートだね」

「えぇ、合わせてお母さんの誕生についてもいろいろと調査してみたけど、特に変わったことはなかったわ」

「ありがとう。有美ちゃんのお母さんに何があったんだ?そして、別れに至るまでに何があったんだろうな」

「んー、推測するにやっぱり双子が生まれたのが何かのきっかけであることは確かね」

「そうだね。ただ、双子とお母さんを繋げるものはいまのところ考えられない。双子であることがお母さんにとってなんで影響があったんだ?」

「そうね…きっと母にしか分からないものなのかも知れないわね」

「そうなら、僕らは一生答えにたどり着けない」

八方塞がりだ、と思った。

やっぱり僕ごときが足を踏み入れていけなかったのだ。

有美ちゃんの前で格好つけて、僕に任せてなんて言えた器でないのに。

目の前にあるアイリが作った有美ちゃん誕生に関わるまとめをぼんやりと見つめていた。

『有美と双子の女の子は、予定日よりも二週間早い誕生であった。母は二回目の出産といえども、かなり苦行を強いる出産であったのは間違いなかった。母子ともに危険な状態であることは間違いなかった。約三時間の奮闘の末、有美と母はぎりぎりで生取り戻した。双子はというと既に息耐えていたようで、この世の空気を吸う前に永遠の眠りについていた。

このとき父は同席をしておらず、仕事先から急いで飛ばしてきたものの、父が到着した頃にはこの出産は既に決着がついていた。

もちろん父と母は悲しみのあまり我を失うほどだった。

母に関しては、有美が生まれてから1週間涙に暮れ、食事もできずに、脱け殻のようになってしまっていた。

父は唯一無事に生まれた有美を大切にしようと母の代わりに精一杯の愛情を注いだ。

有美誕生の一週間の後、母は突然人が変わったようになった。

食事はかろうじて取れるようになったが、痩せ細ったその姿は母とは似て非なる別人の姿だっと父は言った。

母の所属する研究施設は成分分析を主に行うところであり、人手は十分にいるにも関わらず、母はすぐに職場に復帰した。

そしてそこから狂ったように仕事を行い、父だけではなく、有美の姉や有美を省みず、仕事に狂ったように打ち込んだ。

父いわく、“食品の裏にある成分分析をするのが生き甲斐のようだった。僕らのことなんてはじめから無かったみたいじゃないか”と言った。

もちろん父にはその異常と思える仕事の打ち込みぶりには理解ができなかった。

自宅に帰るのは一週間に一度くらいで、髪もぼさぼさであれば、化粧すらせず、目に隈を常に携え、脱け殻のようになっていた。

母乳が必要な有美に一滴の母乳も与えず、半年が立った頃、父はついにその母の行動にしびれを切らし、荷物をまとめアメリカを後にし、日本のこの町に着いた。

父は早くに両親を亡くしており、唯一有美の叔母が存命であったので、この町に居を移すことにした。

母は、有美たちがアメリカを離れるその日であっても家はおろか、空港にも姿を現さなかった。

そして、有美たちが日本で暮らし始めた半年後、一枚のエアメールが届いた。

そこには“わたしの罪は、必ずわたしの手で償います”とただその一文が書かれていただけだった。

父はその手紙を捨てられずにまだ持っているらしかった。

父は出会った頃から今でも母を愛しているようだった。

変わり果てても、やはり一度愛したひとを、一生添い遂げることを誓ったひとをそう簡単には忘れられるはずがないというものだった。

ただ、その当時父はまだ20代と若かったのもあり、きっと日本に帰ると母もつられて帰ってくるだろうという考えのもとでそうした突発的な行動をとったらしかった。

そして、エアメールが届いたその半年後、意を決して、母が勤める研究施設に父が電話をかけると、“母は半年前に退職をして、その後を知るものは誰もいないと”言われてしまった。

父は何とかして、母と連絡を取るべくあらゆる手段を使って調べた。

その3か月後、アメリカに住む父の日本人の友人からの電話で父の努力に終止符が打たれることになる。

地元のニュース番組を見ていたその友人は、日本人女性が交通事故にあっということで、同胞が悲しいことにと心を痛めていたところ、聞き覚えがある名前が画面に表示されていることに気がついた。

その名前というのが母だったようだ。

駅前で母が乗っていたタクシーが急に爆発したらしかった。

原因や事件性は不明とのことだった。

父はその日から、母の話を一切しなくなった。

そして父は男でひとつで娘二人を育て、いまに至る』

「いま母がもういないのであれば、母から引き出せる情報は限られている気がする。アレキが言っている人殺しと何か関係あることはないかな」

「そうね。母は成分分析をしていただけで、特に何か怪しいことをしていたわけではなさそうだわ。怪しい薬でも作っていたのかしら」

「これは、アレキに直接聞くのが良いのか?ただ、犯人と疑っている人に直接聞くのってどうなんだ?」

「でも犯人ではない可能性もあるわよね」

「あー、もう僕の脳みそじゃ限界なのか」

「ごめんね、わたしも力不足で」

「アイリは悪くないよ、一生懸命やってくれてるよ。僕がちゃんとできてないから。アレキについてはちょっと様子を見たいな。慎重にいきたい」

「僕がどうしたって?」

「え?僕ってどういうことアイリ?」

「僕はアイリなんかじゃないよ。誰と間違えてるの?」

いきなり頭上から男の人の声が降ってきた。

「ボイスチェンジ…?」

アイリに新しい機能が加わったのか?

「僕の居ぬ間に何してくれてるのかな」

そろりと声のする方を振り返った。

そこには白衣姿のぼさぼさ頭のシャープエッジの眼鏡をした男がたっていた。

「…?!アレキ?」

「ほぼ初対面で年下の人に呼び捨てで呼ばれるのはあまりいい気がしないな」

「あ、ごめんなさい…いつからそこに?そして、どうしてここに?」

「僕に聞くのが早いうんぬんのところからかな。そしてここは僕のお気に入りのカフェだから。君よりは常連だと思うよ。あ、マスターいつものよろしく御願いします」

あいよ、とカウンターのマスターらしきひとがミルを棚から取り出した。

「自分がいないときに自分の話をされるのは例え誉められていてもいい気がしないな。何かあったら直接言ってほしいな」

「ごめんなさい、悪気があった訳じゃないんです」

「…」

アレキはその切れ長の目尻を僕にスッと向けてくる。

「君、もしかして本当に俺のこと…?」

「え?なんです?」

「なんでもないや。僕に何か言いたいこととか、聞きたいことがあるんでしょ?そんな顔してるし。ちなみに、俺は有美ちゃんを狙ってる訳じゃないよ。安心してね彼氏君」

「か、彼氏なんかじゃないですよ。ただの友人です」

「ふーん、僕はどっちでもいいよ。それより、俺への用事はもういいんだね?」

覚悟の時だった。

次いつ会えるかもわからない。

行動を起こすならいましかないと思った。

後悔するなら、もういまやってやろう。

僕のこの恋の賞味期限はもうカウントダウンされている。

やるしかない。

「じゃあね、俺はカウンターでマスターのオリジナルブレンドを飲む大きなイベントがあるから」

白衣を翻しアレキはカウンターに歩を進めた。

アレキの一歩目が出たの同時だった。

「あ、アレキさん!あの!」

アレキが訝しく振り替える。

「なに?」

僕は立ち上がり、声に力を入れて言った。

「あの…可南子っていう女の子知ってますか?」

「かなこ?知らないな。芸能人とか?」

「それなら、昨日の夕方、小学校の校庭にいたりしませんでしたか?小学生の女の子と歩いていたりしませんでしたか?」

「…君、何が言いたいの?」

「あの、僕、知りたいんです。僕の妹のこと…どこにいるのかとか…有美ちゃんのこととか…お母さんのこと…教えてくれませんか?アレキさんが犯人でもそうでなくても…知りたいんです。お願いします」

深くお辞儀をしていた。

長いお辞儀に感じられた。

顔をあげた瞬間、アレキがいないんじゃないかと心配になった。

ハッとして直ぐに立ち直った。

そこに、アレキはいた。

僕のことをじっと、真っ直ぐに見つめていた。

「君、何か知ってそうだね。僕もいろいろ知りたいことが多くてね」

アレキはすっとカウンターに向き直り、

「マスター、オリジナルもう一杯お願いします」

と言い、僕の方に向き直った。

「取引をしよう。俺が知っていることを君に話す。君の知っていることを俺に話す。俺は俺の成し遂げなければいけない目的がある。取引をしよう」

答えはひとつしかなかった。

「もちろんです」

ミルで引いたばかりのコーヒーの香ばしい臭いが僕の鼻をくすぐった。

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