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つづくもの

結局その日、僕はいつもどおりに大学に向かった。

朝ごはんを食べているときに、母さんと父さんに事態が事態だから、今日は大学に行くのを控えて、可南子の捜索に当たらせて欲しいとお願いした。

昨日の中間試験が無事に終えたので、今日は特に大きなイベントがない日だった。

サークルにも所属していない僕には、大学は講義を受けるだけの場所だった。

むしろ、大学に行っても、可南子のことが気になってそれどころではないと休講を懇談した。

だが、母さんと父さんは、もう二人で答えを裏で合わせていたかのように、「いつもどおりに過ごしましょう」と即答され、僕はその裏に何かあるのではないかと感潜っていた間に、話が反れてしまっていたので、もうなにも言えなくなってしまった。

まるで「可南子がいるときの普通の生活」を過ごそうとしているかのようだった。

確かに、僕が一日中家にいても、可南子が帰ってくるわけではない。

けれどもアイリと一緒に捜査ができる。

そんなことは、いま言えるタイミングではないのは十分分かってはいるが。

そんなこんなで、僕はいましぶしぶ経済学の講義を広い講堂でタケシと二人で受けている。

冬の講堂は、暖房が朝から全力でかけられているのもあって、汗ばむくらい暑かった。

もちろん、講義の内容なんて頭に入ってくるわけでもなく、ノートには、僕が知っている範囲の可南子の交遊している人々との相関図だったり、可南子が行きそうな場所、空き時間でアイリに集めて欲しい情報を箇条書きで書き続けていた。

午前には二つの講義を終えあとで、午後にも講義が二つあるので、学食で昼御飯を食べることにした。

「ヨージ、いきなり勉強熱心になったんだな」

タケシが漫画盛りの白米を右手に高々と左手に掲げ、右手には大振りの豚のしょうが焼きの切れ端を箸で器用に挟んでいた。

「そんなことないよ、ただの落書きだよ」

「落書きでそんなに真剣にノートに書くかなぁ。なんかあったのか?有美ちゃん関係で」

「なんにもないよ、だって昨日の今日なわけだし、さすがに今日は病院に監禁だよ」

「んー、まぁ確かになぁ。それにしても、犯人まだつかまらないんだよなぁ。俺は犯人は以外と身近にいる気がするだよなぁ。よくある事件だって、実は隣の家にすんでいるひとでした、なんてことはざらだしよ」

「誘拐を目的に、他所からくることあるんじゃないか」

「それはあんまり考えにくいんだよね、俺は。だってほぼ孤立と言っていいほどの山々に囲まれたこの町にわざわざ来るのは犯人にとって非効率なんだよ。もし万が一顔が割れて、逃走するとすれば逃げる手段が限られている。しかもこの町は何だかんだ田舎でも防犯カメラもいろんなところにあって、カメラの目を盗んで犯行をするのは至難の技だ」

「僕もそう思う」

そうタケシに同感を示しながら、僕はいなくなった可南子のことをずっと考えていた。

正直タケシの話なんて話の半分も聞いていなかったから、内容なんて一ミリも覚えていない。

僕が言った後に、タケシは僕の顔をじっと見てきた。

その視線に気づくのにもしばらく掛かった。

「なんだよ?顔になんかついてるか?」

さっき食べ終わった紅鮭定食のごはん粒とか、惣菜のほうれんそうとのごま和えの欠片が口の回りについていないか、両手でごしごしした。

「違うくてよ。なんか今日はやけにぼーとしてるなと思ってさ。俺の話も伝わってるのかいないのか分からねぇし」

「そうかな、普通だけど」

「まぁ、何かあったのかもしれないけど、いまは言えないとかそういうやつなんだろ。いいぜ、何かあったときは、助けてやるからさ。いつでも言えよな。その代わり、一週間昼御飯おごれよ」

「ありがとう」

ざわついていた心のなかが、不思議とすっと軽くなり、波が平らになっていくのを感じた。

タケシにはまだ言えない。

もし可南子がきっちり五日間で帰ってくるなら、いずれタケシ以外にも町の人にまた失踪事件が起こっていると知れ渡るはずだ。

それまでに、可南子を助け出したい。

それは父さんも一緒だ。

波風をたてないように、何もなかったように、元通りにするつもりなんだ。

「決まりだな」

タケシが自慢の白い歯をにかっとさせて笑った。

タケシと言う友達がいて本当によかったと思った瞬間だった。

安堵も束の間、僕の心はまたざわつくことになる。

「おい…タケシ、あれってもしかしてさ…」

「ん?何が」

タケシの白目が大きくなる。

驚いている顔だ。

何かを指差そうとしている。

それは、僕の後ろにあるものを差そうとしている。

僕は首を回し、ゆっくりと振り返った。

そこには、思いもしない、ありえない光景が僕を待っていた。

長い黒髪、健康的な艶を振り撒きながら、頬に流れる汗で髪が頬にまだらに張り付いていた。

息は上がり、どうみても正気ではなさそうだった。

そのひとは、僕が昨日この学食で見たそのひと、そのものだった。

僕らの視線に気付き、目が合った。

さっと音もなく僕らに向かって近づいてくる。

「ヨージくん」

聞きなれた、鈴をならしたような軽やかな響きの声。

はぁはぁと乱れた行きを整えながら、彼女は言った。

「助けてほしいの」

着のみ着のまのような、黒い首までのタートルネックのニットに、白いスカートが膝までのボックスタイプの服を着ていた。

「え?」

僕が再度彼女をみやると、彼女は深い黒色の瞳に力をいれてこう言った。

「昨日からお姉ちゃんと連絡がつかないの。家にも友達のところにも、どこにもいないの。もしかしたらと…思って…」

そこまで言うと彼女はその大きな瞳から大粒の涙をぽろりぽろりと流し始めた。

「有美ちゃん、大丈夫?」

そう、いま僕らの目の前には、数日間の失踪から帰還し、病院を抜け出し、強制送還された有美ちゃんかいる。

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