淀む人のなかに
駅前は、帰宅たラッシュでたくさんの人で賑わっていた。
学校帰りの制服姿の女子高生、部活動帰りの男子生徒、買い物帰りで野菜がたくさん入ったビニール袋を重そうに持ち上げる主婦ような女性、路上ライブをする若いバンドマン、いろいろなひとがいろいろな目的でこの駅前を訪れている。
駅前にはお店が多数並んでおり、ここに来れば、ある程度の用事をたすことことができる。
一歩駅の向こう側、町の外に出ると一駅の間隔が15分以上もあるさらに田舎町へと続いている。
さらに栄えた町にいくには、一時間に一本の電車で東に50分進む必要がある。
つまり中レベルの町にくる目的は買い物でも観光でもない。
この町には最低限しかない。
それでもこの町を訪れる理由としては、そこにいる知り合いを訪ねるか、何か土着のなにかを求めてか、それくらいしかない。
犯人が他所の出身であれば、たまたまこの土地をダーツかルーレットか何かで決めて、たまたまこの町が該当したのか、何か観光パンフレットか何かでたまたま見たのの町独特のなにかに惹かれたのか。
はたまた、縁があってたまたま知り合ったひとの出身地がこの町だったか、逆に殺したいほど憎らしいひとがこの町であったのか、こんなところだろうか。
「ヨージ、駅前まで来たけど、何か心当たりがあるんでしょう?このあとはどうするの?」
「あ…いっけね…」
「まさか…」
「そう、そのまさか」
「ヨージにしては珍しいわね」
「僕も、僕なりに焦ってるんだよ」
そう、僕は勢いよく心配する両親を家に置いてきたはいいものの、何も宛はなかった。
ここにくれば、何かしらヒントがあるのではないか、その淡い希望的観測で家を出てきただけだった。
僕はシャーロック・ホームズなんかじゃない。
思い当たるところは、全部行くしかない。
そうして、足で情報を稼ぐしかない。
それが、アイリにできなくて、僕にできることだと思ったのだ。
だが、犯人は百戦錬磨の誘拐犯のようだ。
こんな人通りが多い場所に、棚ぼたのようなヒントを置いていくはずがない。
増してや、こんな場所だからこそ、神経質に手がかりを残さないのだろう。
しかし、犯人も人間だ。
必ず抜けはあるはずだ。
犯人も呼吸をする、体の水分が外に放たれる、その唾についた遺伝子を検査する、そうすることで犯人の正体が分かる。
どんな完璧な人間でも、なにか必ず生きているうちは、何も残さずにはいられない。
人間であれば。
そうだ、人間でない可能性も十分にある。
アイリと言うスーパーAIもいまや誕生しているくらいだ。
遠隔操作で誘拐も不可能な話ではない。
ではどうやって?
「ヨージ、どうする?」
アイリに話しかけられ、現実の世界に戻ってきた。
「もう20分もここから動いていないわ」
そう言われて、あたりをキョロキョロするともう帰宅ラッシュの波が一旦引き、ぱらぱらとまばらな人の流れが駅前に続いていた。
「可南子ちゃんの後をその後もすっと追っているわ。コンビニエンスストアやスーパーマーケット、町中の監視カメラ。この町の通話からの可南子ちゃんの声の周波数の突合。本当はよくないんだけど、よくないのは分かっているんだけど…衛星通信に蓄積された情報も当たってみたの…それでも手がかりは見当たらない」
「そうか…」
犯人がまともなら、可南子は5日目に何事もなく帰ってくる。
犯人がまともなら?
まともな奴なら人を誘拐なんてしない。
まともでないから、ひとを誘拐するんだ。
そのまともでない奴は?
もしかしたらこの騒ぎに便乗して、別の第三者が誘拐を企て、決行したとするならば?
「だめだな…僕は力不足だ」
「だめではないよ、ヨージ。もっとわたしに、指示をちょうだい。ヨージならもっとわたしをうまく使いこなせるわ。そうすれば、きっと可南子ちゃんを探し出せる。足で稼ぐ情報も大事だけど、わたしをフルで使ってからでもいいでしょ。ね、持ち主さん」
アイリが僕を励まそうとわざと明るいトーンで言っていたのが分かる。
それが逆に僕の不甲斐なさを強調されているようにも感じてしまった。
そしてそう感じてしまうのは、いま僕自信に余裕がないからなんだろう。
こんなときは暴れまわってもどうしようもない。
「そうだな」
僕はもう一度駅名の看板を見る。
犯人も同じようにこうして看板を見ていたのだろうか。
そう思うと犯人がいまのこの瞬間も悠々としていることが憎らしくて堪らなくなった。
同時に落ち着け自分と、この暴れ始めている自分自身の感情を鎮圧することに集中力をシフトしていた。
短気は損気だ。
一旦冷静になって、考え直そう。
「犯人は必ず尻尾を出す。つかんでやろうぜ、なぁアイリ」
「もちろんよ!」
ステージ2の初日捜査は空振りに終わった。
だが、まだまだこれから夜は長い。
七時半を告げる駅前の時計に僕は必ず可南子を探し出すと誓った。
そして、再び自宅に戻った。




