六人目の適合者
いつもどおりに講義を終え、武司とばいばいをしたあとに、アイリと犯人についての議論を繰り広げながら家路についた。
自宅についたのは六時半頃だった。
母さんと可南子がいつもどおりに、夕食を作って待っていてくれている。
今日は父さんが長期出張から帰ってくるので、いつもよりごはんが豪華になりそうな気がする。
僕も父さんのように立派な大人になるべく、いろいろその姿を学ぼうと思った。
「ただいまー」
玄関から母さんがリビングで誰かと話している声が聞こえた。
実家の秋田のばあちゃんか、同級生か、勧誘の電話かなと思いながら、リビングに入った。
すると、母さんが広い部屋の真ん中で受話器を両手でしっかりと握りながら、まるで孤島にひとり残されたような蒼白した顔で立ち尽くしていた。
「ただいま、母さんどうしたの?」
唇や頬もいつものような健康的な桜色ではなく、白く白粉を塗ったように血の気がなかった。
視線だけ、僕に言った。
「…小学校に電話していたの」
そうぽつりと言い、その後言葉続かなかった。
「そうなんだ、そういえば可南子は?買い物?」
そう自分で言った瞬間、母さんのおかしい様子と小学校というワードから察し、母さんの気持ちが手に取るように感じ取れた。
「…まさか、可南子に何かあった…?」
「…そう。そのまさかかもしれないの」
母さんは両手で握りしめいたその電話の子機をだらんと腕と一緒に落とした。
「まず、座って母さん。状況を教えて」
母さんがふらふらと力が抜けていくのが目に見えてわかったので、僕は急いでソファに母さんを座らせた。
母さんの両肩を支えたとき、思っていたよりも母さんは細くて軽く、こんなにも壊れやすい存在なんだと感じた。
額に手の甲を宛てながら、母さんは一度大きなため息をついて話始めた。
「ドーナツをね、買いに行ったの、加南子が」
「うん、駅前のだよね」
「そう、父さんが帰ってくるからご馳走にしましょうって話になって、わたしがごはん支度をしている間に加南子が買ってきてあげるって言ってくれたの」
「うん、それでなんで帰ってこないって?」
「ドーナツを買いにいくついでに、学校に借りていた本を忘れたからついでに取りに行くって行ったのよ。今日は学校がはや上がりの日だったから、すぐに帰ってくると思ったのよ。そしてもう約四時間経つわ。学校に連絡しても、もう生徒は下校したから、学校には誰にもいないって」
「もしかしたら、まだぶらぶらしてるかもしれないよ」
なんとか母さんを落ち着かせるために、希望を言う。
「…そしたらね」
母さんがさらに力なく言葉を漏らす。
「…そしたらね、先生なんて言ったと思う?」
「…」
「…生徒ね、お兄さんと一緒でしたよって言ったのよ」
「…お兄さん?」
「そう…お兄さん。てっきりわたし、ヨージが可南子のこと迎えに言ってると思って安心したの。そしたらね」
「…うん」
「髪が長くて、外国人みたいなお兄さんでしたねって、言ったのよ」
「?!」
「先生職員室から見ていたからあんまり覚えてないけれど、運動場から声紋を出ていったのは間違いなく可南子で、隣にいたのは男の人だったって。髪が灰色と黒を混ぜた長い髪だったって。ヨージは短髪の黒髪ですよって言ったら、先生もわたしの言ってることにようやく気づいてくれて…」
母さんはそこまでいうと、がっくりとソファに項垂れた。
「母さん教えてくれてありがとう。こらからは僕がやるよ。だから
、母さんはゆっくり休んでて。まなく父さんもくると思うから」
「ありがとう、ヨージ…あぁ…わたしの一人娘が…」
一人娘。
その言葉になんだか胸がぎゅっとなった。
瞬間、母さんはなにかを思い出したかのような驚いた表情になったかと思えば、そのつぎの瞬間には詫びを含んだ申し訳ない表情になった。
「ごめん、ヨージ、そんなつもりはないのよ、ほんとよ」
血の気のない表情は変わらず、僕の手を握る両手もか細く冷たかった。
僕はその冷たい手に温度を与えようとぎゅっと力を込めて握り返した。
「大丈夫だよ、母さん。僕はなんとも思ってないから」
母さんはまだ同様を隠せないでいたが、僕は可南子の所在を一刻も早く突き止めなければならない。
大事なひとりの妹のためにも、大事な母さんと父さんの一人娘のためにも。
僕はリビングルームから出てすぐに、アイリを呼び出した。
「アイリ、状況は分かったよね。可南子を探してくれ」
僕のそのときの声は大きく、おそらく母さんにも聞こえていたはずだ。
でも、もうそんなことどうでもよかった。
「可南子ちゃん、もう探してるわよ」
アイリのたくましい声が聞こえた。
僕らは自室で本格的な捜査を開始した。
(可南子…我が家のためにも、必ずお前を取り戻すからな)




