生まれて初めての高揚感
朝を知らせる光がカーテンの隙間から顔を出していた。
その隙間から光が一筋の線となって僕を照らしていた。
(眩しい、もう朝か)
昨日アイリと話し込んで、気がついたら寝てしまっていた。
電気はなぜか消えていた。
きっと母さんか加南子が消してくれたんだろう。
昨日は結局アイリとの話が盛り上がり、ごはんも食べずに寝てしまった。
もちろん途中で加南子が「お兄ちゃんごはんだよ」と呼びに来てくれたが、「いまちょっと試験勉強で忙しいから、あとでひとりで食べるよ、母さんにもそう伝えて」と適当に嘘をついて、そのあとも話を続行していた。
特に何を話していたかはあまり覚えていない。
真面目な話は最初だけで、後半はとりとめのない話ばかりだった。
アイリが世界で最も改正された猫の動画とか、いま話題のスイーツの画像とか、ホットな話題をどんどんと出してくれ、僕はへえと感心しながら、このスイーツは色がかわいくないから女子に受けないとか、猫の動画もあるなら犬の方が見たいとかいろいろ話は展開され、最後に時計を見たのは3時過ぎだった。
さすがに腹が減ったなと、下の階で何か食べようとベッドから起き上がった。
「おはよう、ヨージ。起きたのね?」
「おはよう、アイリ。起きてたんだ」
「ふふ、わたしは寝ないのよ。不眠不休だからね」
「ブラック企業かよ、たまには休んで良いんだぞ」
「まだ余裕よ、だってまだピチピチだからね。そのときがあったらよろしくね。充電は忘れないでね」
「うん、もちろんだよ」
アイリを充電器につないで僕は部屋を出た。
一階では母さんがもうごはんの用意をしていた。
「あら、ヨージおはよう、最近早起きなのね、土曜日なのに」
「ううん、たまたまだよ。母さん昨日夜ご飯作ってくれたのにごめん」
「大丈夫よ、ヨージが勉強なんて珍しいからね。お腹すいてたら昨日の残りもあるから食べてもいいわよ」
母さんは優しいな。いつでも僕を否定しないで受け入れてくれる。
母さんは偉大な存在だ、いつか恩返しをしようと心に決め、キッチンに向かい昨日の夕御飯で出た肉じゃががたっぷり入った鍋から二人分くらいの量をよそった。
レンジでチンしている間、母さんが見ていたテレビがふと目に入った。
テレビでは、ここ数週間の間で起きたこの町での連続失踪が取り上げられていた。
「犯人、まだ捕まらないみたいね」
母さんがソファに座り膝に頬杖をつきながら呟いた。
優しい母さんでも、どこかやっぱり他人事のような、別世界で起きていることのような距離がある言い方をした。
「でも、みんな帰ってきたんだね。それだけは好かったわ」
耳を疑う母さんからの情報だった。
「え?みんなってどういうこと?」
「みんなよ。失踪していた女の子達五人全員五日後にちゃんと自宅に戻ったみたいなの。みんな、きっちり五日間よ。でも、不思議なことに全員記憶がないんですって。やっぱり宇宙人か何かの仕業なのかしら。怖いわね」
帰ってきたのは有美ちゃんだけじゃなかったんだ。
これは何を意味してるんだ?
肉じゃがを食べてる場合じゃない、早くアイリに伝えないと。
まだチンが終わっていない肉じゃがを電子レンジから取りだし、人肌くらいの温かさの肉じゃがを絶ちながら食べ始めた。
「ヨージ、お行儀悪いからすわって食べなさい。いいお嫁さん取れないわよ」
ふふふと冗談めかして母さんが言った。
「ごめん、ごめん」
いそいそとテーブルに座り、3分の1食べた肉じゃがをまた食べ進めた。
犯人が人質を解放したということは、何かしらの目的が終わったということだ。
犯人は何を考えているんだ?
それに一気に人質を解放するなんてリスクを五人も誘拐をした犯人はそう易々とやるだろうか?
犯人の真の目的は人さらいではない。
きっと人さらいに関係した何かだ。
そして、犯人は何かの目的を遂げ、全員を解放した。
つまり、犯人はもうその人質たちには用がなくなった。
犯人は何がしたいんだ…?
考えても、問いかけても、目の前の肉じゃがは黙ったままだった。
「あら」
またリビングから母さんの声がした。
「どうしたの?」
肉じゃがは相変わらず三分の二が残ったままだった。
「捜査が打ち切られたみたいね」
「え?どいうこと?」
僕は肉じゃがを残して母さんがいるソファに駆け寄った。
「だってほら」と母さんは目の前のテレビを指差した。
テレビの画面には、「本事件は連続した家出騒動ということで、該当の5名の帰還を持って捜査終了」の字幕が浮かんでいた。
「どういうことだよ?明らかに事件性があるだろ?警察は何をやってるんだ?」
「そんなの母さんに言われても分からないわよ。確かに母さんも犯人がいると思うのよね。でも警察は証拠がないと動かないのよね。ご家族の心境は大丈夫なのかしら」
今度の母さんの言葉には当事者のような悲壮感が漂っていた。
確かに、家出は日常茶飯事の出来事ではあると思う。
けれども、この小さな町でこんなに連続した家出騒動はいままで起きていなかったはずだ。
それにこんなにタイミングよく全員が帰ってくることがありえるだろうか?
可能性はゼロとは言えないが、この偶発性は仕組まれた何かとしか考えられない。
僕の足りない知識や妄想力で関連性を判断するのであれば、何か裏サークルのようなものが存在していて、集会を行い、睡眠薬か非合法の何か薬を服用して記憶がないまま帰還したとかは考えられないか?
うん、その可能性はある。
そしてそのサークルは裏で警察官関係者とつながっていた。
その集会に警察官関係者がいて、その非合法の行いをリークされないために少女というレッテルを利用して家出扱いで処理をした。
どうだろうか?
ハナから家出と断定するのであれば警察もメディアを通してこの事件を発信しないはずだ。
警察もはじめは裏サークルが関係する確信や証拠があるとは思っていなかったんだ。
(アイリの力を借りよう)
アイリならこの小さな町で起きた事件くらいなら簡単に犯人を割り出せるはずだ。
だって国家秘密にも干渉できる能力を持っているんだから。
そうと決まれば、早くアイリにこの仮説を伝えなければいけない。
考えを巡らせているうちに番組が切り替わり、“原宿発のハイブリットスイーツ特集”になっていた。
この世は、不公平で残酷だなと感じた。
一方で子供の帰還をいまかいまかと待ちわび夜寝ることもできない辛さを感じているひとたちもいれば、いまかいまかと新作スイーツに胸を踊らせているひとたちもいる。
その区切りはテレビ番組のコーナーが切りわかるくらいにあっさりと残酷なほどに一線を描いてるなと思った。
僕はそしてその新作スイーツ側にはいないんだ。
それでも、僕は今自分ができることをするだけで、少しは心の負担が軽減されるようだった。
ダイニングテーブルの上ですっかり冷たくなった肉じゃがを口に無理やり頬り投げて、母さんにごちそうさまを言い、食器を流しに置いた。
台所を出ようとしたとき、「おはよう」と加南子が眠た眼を小さな手で擦りながらリビングに入ってきた。
「おはよう、加南子」
「おはよう、お兄ちゃん。今日も早いんだね」
「加南子まで言うのか。加南子も早いじゃないか。今日は学校休みだろ?」
「うん、学校は休みなんだけど、友達と歩行者天国に行くの」
「あぁ、駅前のやつだろ?またクレープ食べすぎて具合悪くするなよ」
「やだ、具合悪くなったのお兄ちゃんだよ」
「はは、ごめんごめん、気をつけて行ってこいよ」
頭をぽんぽんと軽く撫でて僕は部屋に向かった。
後ろで加南子が今日の髪型について母さんと相談している声がする。
僕は僕ができることをやる。
それがなんだかアイリと出会った僕の使命のようにも感じていた。
階段を登る足がいつもより軽い気がした。
生まれて初めて感じた高揚感だった。




