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他がための他(たがためのた)

僕は家につくと真っ先に自室に向かい、アイリに僕が知っている有美ちゃんの情報を伝えた。

いまは家族で三人暮らしのこと、昔はアメリカに生まれ育ったこと、お父さんとお母さんは研究員だったこと、お母さんは熱心な研究者だったこと、有美ちゃんには双子の妹がいたけれども幼い頃に無くなったこと、二人の夫婦は愛し合っていたけれども研究熱心すぎる母は育児を省みずに見かねた父が日本に戻り男でひとつで育てたこと、いまのその母は失踪中であること、お姉さんはテレビ局でアナウンサーをしていること、お姉さんも美人であること、中学と高校は僕と別で陸上部でかなり早かったこと、瞳がとてもきれいなことなど、些細なことも全て話した。

アイリが身体的特徴もとさらなる情報を求めたので、僕は彼女を思い浮かべながら、髪の長さとか手先の爪のきれいさとかを覚えている限り話した。

話ながら、僕がこんなに誰かに対して誰かのことをたくさん話すのは初めてのことだなとふと思った。

僕の二回目の恋は自分で終わりの幕を引こうとしている。

その方が僕のためでも彼女のためでもあると思う。

恋に億劫なのはその通りだ。

好きになって何がしたいとか、どうなりたいとか思っても叶わないならハナから追わない方が心にも負担が掛からない。

僕はいまある幸せがあれば十分だ。

いまのこの父さんがいて、母さんがいて、加南子がいて、友達もいる、おまけに不思議なAIのアイリもいる、この環境があればもう手から溢れるほどの幸せだ。

この幸せを守るために、僕はこの芽生え始めた恋に終わりを告げるのだ。

その集大成としての犯人探しは初心者の猿真似に過ぎないが、それでも僕の心がそう求めているのであれば、やりとげるしかない。

ひとまず僕が知る限りの情報をアイリに話終えた。

「どうかな?情報は足りる?というか、これくらいの情報で犯人が探せるのかな?」

「んー、そうね、情報は確かにわたしが立証した“吉岡有美は彼氏がいない”との人物と合致はしてるから、そこから交流範囲を洗ってみたり、ちょっと申し訳ないけど、彼女のメール履歴とかを見させてもらったけど、何か怪しい影は無かったわ」

「え、メールも見れるのか?」

「そうよ。幸い、彼女は自身のデータを全てクラウドに上げているから、わりと容易かったわ。民間の企業が作ったシステムはわたしの能力と技量をもってしたらザルに等しいわ」

「すごいな、アイリは。もしかしてFBIのデータとか国家秘密とかも見れるのか?」

「がんばればできるかも」

「そんな、料理を初めて作りますみたいな軽い感じで言うなよ」

はははと自分で言って笑ってしまった。

「アイリは僕の笑いのツボもわかるんだな」

「あら、別に笑わせたくて言ってる訳じゃなくて、本当にがんばればできるんだから」

「ふーん、でもそんなに興味はないかな。タケシはオカルトが好きだからきっと秘密文書を調べてくれとか言いそうだけど」

「正当な理由があれば、トライも可能よ。ただ、わたしのこのスーパーAIの能力は私欲で使って良いものと良くないものがあるわ」

「つまり?」

「日常の範囲のなかでの調べ事や普段一般の人が使う情報については、その用途が明確で一時的な使用であれば問題ないわ。そして他に害をなさないものね。例えば、“近くの美味しいレストラン”とか“休日のおすすめデート”とかね」

「なるほど。あとは、使ってはいけないものは?」

「害を無し、わたしの制御を越えたものよ」

「例えば?」

「そうね、例えば私欲で何か国家を滅亡させようとかスパイ行為を働こうとかという目的で、国家秘密に干渉しようとする場合ね。興味本意で秘密文書が見たい!あくまでも個人の趣向の範囲内で留めるからと言われてもわたしは動かないわ。そのジャッジをするために、わたしがいるんだもの。」

「つまり、私利私欲で情報を勝手に閲覧しないようにも、アイリが最終番人になってるわけか。」

「そういうことね」

「じゃあさ、アイリのその秘密の情報を閲覧して悪用しようとかはありなのか?」

「あら、いじわるな質問するわね」

アイリはちょっとおばさん口調になってふんとした。

そして、「それはないわ」ときっぱりと断った。

「わたしはあくまでも人間を補佐する携帯電話端末専用のAIだからね。しかも目の前に広がる無数の情報に対してなにも感じないし。それに、それはしてはいけないってプログラミングされてるみたいだし。人間に例えるとね、情報は海のようなものなのよ。目の前に大きな海が広がっていて、その中から欲しい情報…例えばヒトデとかイルカとかウニとかなんでもいいわ、そうした情報を探し出すの。ただ、わたしにはそうした物欲とか食欲とかは備わっていないから、それらはただの有機物に該当されて終わりよ。だってどんなに素敵な海でも毎日眺めてたら希少さが薄れていくでしょ?」

「分かりやすい、ありがとう。ただ、もしそのプログラミングが書き換えられたら、アイリが世の中の情報を支配して、世界征服も可能なわけだな?」

「おもしろいわね、ヨージ。その可能性も無いわけではないわ。ただ、プログラミングはわたし自身でも書き換えることは出来なそうなの。パスワードやロックがすごく複雑で突破できそうにないわ。何か大事なものでも守るみたいな強靭なガードね」

「なるほどね、よく作り込まれたAIだね。開発者は誰なんだろうね?情報はいまでも無いんだよね?」

「そうね、いまだにアメリカで作られた位でしか情報はないわ。それもあくまでもわたしが生まれた瞬間の位置情報だから、それも不確定な事実ね」

「知りたいとは思う?」

「んー、いまのところはあまり。いまのころは特に不自由はないから。自分の出生を知りたいのは人間だけかもしれないわよ。」

「そういうものなのかな。」

「あなたは、しっかりこの家で生まれ育ってるんだから、疑問を抱く土台にも乗らないかもしれないけれどね」

「うん、そうかもしれないね」

僕とアイリはそうして答えがない世界を何時間も会話を通してさ迷い続け、二人で情報の海を泳ぎ続けた。

僕は自分がこのあとどこにいくのか、情報の海を泳ぎきったあと、何の島が見れるのか考えをめくらせていた。

アイリが羅針盤になって僕を導いてくれたらいいなと思った。

こうして金曜日は、有美ちゃんが無事帰還し、平和が訪れた日になった。

誰もが大切な人がそばにいる幸せと嬉しさと、誰もが無くす痛みと苦しみを味わった日だった。

ようやく平穏な日々が戻ってきたのだ、きっと誰もが安心して夜寝床に入ったに違いない。

だかしかし、それは、長くは続かなかった。

裏で手を引く犯人は、いまのこの瞬間も策を練っていることを、誰もが知るよしもなかったのだから。

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