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暗闇の向こう

病室は静まり返っていた。

昼間との活気とは全く無くなり、しんとした空気が病院全体を埋め尽くしていた。

病院に活気だなんて、合わない言葉かもと思いながら、吉岡有美は自分の右腕に繋がっている針先から視線を辿って暗闇に浮かぶ点滴袋をなんとなく見つめた。

わたしは、どうなってしまったのかな。

いつものように家に帰っただけだった。

学校が終わり、そのはわたしがごはんを作る番だったし、姉さんが仕事を定時で上がると聞いていたから、いつもよりは手の込んだ料理を作る予定だった。

姉さんはテレビ局でアナウンサーをしているが、朝は当然早く夜はレポートの打ち合わせで遅かったりと不規則な生活をしている。

だからこそ、ゆっくりできる日には栄養があるものを食べて欲しいのだ。

一回家に帰って荷物を置いてから買い物に行こうとしていた。

大学の講義で使う六法や教科書が本当に重くて、それを持ちながら買い物は億劫だったのだ。

高校までは部活動で20キロもあるダンベルを持ち上げたりしていたが、一年も経つと筋力が無くなってしまったようだった。

細長く白い腕を再び見た。

暗闇で、さらに殺風景な病室で見えるものはほとんどなかった。

こんな夜中に目が覚めても何もできないのに何で起きてしまったのかと思ったが考えても仕方がない。

考えるべきことは、”なぜ自分がこの数日間の記憶がないと言われていること”だった。

わたしはいつものように、住宅街の角を曲がり家に帰った。

ただいまと言いリビングに入るとお父さんと姉さんが深刻な顔でわたしを訝しげに見てきた。

まるで不法侵入をしてきた犯人を見るような眼差しだった。

初めは、「姉さん今日は随分早いのね、そして父さんがこの時間家に帰ってきてるなんて珍しいわ」なんて軽く考えていたが、直後その冷たい視線に体がびくつき、その場から動けなくなってしまった。

負の空気がリビングに充満しているのを感じた。

リビングのテーブルには、たくさんの書類とわたしの写真、そして「捜索願い」と書かれたチラシが広がっていた。

恐る恐る「お父さん?お姉ちゃん?」口を開くと、二人同士顔を見合わせ、「本物なの?」「夢じゃないの?」と何かを確認し合った。

そして、「有美、本当に有美なのね?」と意味不明なことを聞かれ、「そうだけど、、、二人ともどうしたの?なんかあったの?ビックリとかじゃないよね?」と聞いた。

「有美、いくつか聞いても良いか?」

お父さんが慎重に言った。

「いままでどこに行ってたんだ?」

「学校だよ。いま帰ってきたばかり」

「携帯電話に連絡をなんどもいれたんだが、それは気づいていた?」

「携帯電話?」

そう言われて、わたしは学校から自分の携帯電話を触っていないことに気づいた。

ポケットにあるであろう携帯電話を探したが、見つかなかった。

どこかに落としたのか、学校に忘れたのもしれない。

「ごめん、気がつかなかった」

「本当に気づかなかったのか?」

一瞬お父さんの口調が強くなる。

責められているような言い方だった。

「お父さん、わたしが聞くよ」

何かを悟ったお姉ちゃんが、父を制止した。

「有美、いい?しっかり聞いてね?」

「う、うん」

見たことのないお姉ちゃんの真剣な顔だった。

「有美は、今週の月曜日から金曜日から家に帰っていないのよ」

「え?」

一瞬言われている意味が分からなかった。

「だって今日は月曜日で、おちゃんが早く帰って来る日でしょ?お父さんも仕事が早く片付くから、わたしがごはん作るってそういう日でしょう?だからもう、二人揃って家にいるんでしょ?」

何かがおかしいことに気づき始めていた。

「もう、どっきりなんでしょう?ふたりとも冗談きついな~」

自分で言っておきながら、違うとはうすうす気づいていた。

「有美、本当のことを言ってね。わたしたちは有美を信じているから」

「うん」

「今日は何曜日だと思う?」

「月曜日」

「冗談抜きでね?」

「もちろんよ」

そう言うとお姉ちゃんは新聞に目を落とした。

そしてテレビを見つめた。

そこには金曜日の文字が黒々と写されていた。

「有美、わたしたちも本当のことを言うわ。あなたは月曜日から今日の金曜日までずっと行方不明だったの。そして今日いきなり帰ってきた。わたしたちは有美をずつと探してた。連絡もいっぱいした。あなたは本当に有美なのね?」

お姉ちゃんの言葉の最後は涙を堪えたような話し方だった。

わたしは自分のいま置かれている状況が良く分からず理解しようと必死だった。

絞り出した答えは、「そうだよ、有美だよ」だけだった。


そのあとは、とんとんと目まぐるしく話が進んでいった。

お父さんがわたしの友達に連絡をして、わたしが見つかったことを報告をして何やらわたしの捜索用のチラシはもう要らない、有美はこれから体の検査をするために病院にいくことと、警察にも連絡をすることを電話していた。

その間ずっとお姉ちゃんはわたしをぎゅっと抱き締めていた。

「有美はどこにもいかないよね。有美は本物だよね」と泣きながら繰り返していた。

そのあとは、お父さんに連れられ病院に行き、いろいろと検査を受けて、いまに至る。

検査は夜までかかり、お父さんは警察に行ったり、病院で手続きをしたり、会社に報告したりしないといけないようで今日は病院で一緒に過ごせないと悲しそうな顔で話をした。

お姉ちゃんもわたしの捜索で有給休暇を無理矢理会社にいただいて、アナウンサーの仕事を後輩に代打で出てもらっていたようで、「有美が帰ってきたのであれば、一旦局に戻って出来ることからやらないと」と言って一旦今晩だけは病院で一緒に過ごせないとお詫びと駅前のわたしが好きなドーナツをお見舞いにくれた。

お父さんとお姉ちゃんにすごく迷惑をかけていることは、心の底からわかっている。

でも、自分には自覚が全くない。

わたしはいつものように自宅に帰っただけなのに…。

とにもかくにも、いろいろなひとに迷惑をかけているので、退院をしたらお詫びにしに行かないと、と関わりがある人たちの顔を病院の暗闇のなかで思い浮かべていた。

先生はわたしの身体診断の結果について特に異常はないと言っていたので、土日明けには退院できそうだ。


一体、わたしに何が起きたんだろう。

考えても考えても、お父さんとお姉ちゃんの辛い顔を思いだすばかりだった。

そうするうちに、睡魔がようやく迎えに来てくれたようで、ぐるぐると回り回った金曜日が寝についた。

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