人間の感情
僕は道の途中で、そのメッセージを見ながら立ち止まっていた。
夕陽が遠くから差し込み、携帯電話の画面を橙色に染めている。
(吉岡…有美ちゃん?に、彼氏はいない…どういうことだ?しかも、アイリの名前が…?)
僕がしばしのフリーズをしていると、画面越しから声がした。
「そういうことよ、分かった?」
「え…?つまり、どういうこと?アイリは有美ちゃんと知り合いなのか?」
なぜアイリがこう断言できるのかが全く理解できなかった。
「調べてみたの」
彼女は当たり前かのように普通に答えた。
「調べてみたって、どう調べるんだ?有美ちゃんは今日帰ってきたばかりで、どうして分かるんだ?」
「それは、人間には理解するのが少し難しいかもしれないけれど、わたしがいる非言語の世界で吉岡有美に関する情報を見てみたの。そこから、吉岡有美には恋人がいないってことが導き出されただけよ」
「吉岡有美の別人かもしれないだろ?」
「それは99.998%ありえないわ」
僕はアイリのメッセージを見てから、嬉しさがふつふつと込み上げてくるのを押さえながら質問を繰り返した。
まるで「吉岡有美に彼氏はいない」をより確証付けるような質問だった。
「吉岡有美に関する情報、例えばメッセージだったり、電話だったり、容姿だったり、ありとあらゆる情報を多角的に見て、本人でない可能性を限りなく削ぎ落として、本人である確証を高めた結果だから間違いはないわ。それに、立証するのが“彼氏の有無”であるのであれば用意よ。一般市民の情報なんてガードがないのと同じだから、あなたが鍵も壁も防犯カメラもない家に侵入して金券を盗むのと一緒よ」
アイリは一息にそう言った。
もちろんアイリは人間ではないので息を吸うことはないのだから、それは僕の受けたイメージであるだけだが。
「僕は他の人の家に侵入なんてしないよ」
「例え噺よ。あなたが他の家に侵入しないのは、日常行動を見ていたら理解できるわ」
「アイリは僕のこと何でも分かるんだな」
「わたしが分かるのは日常活動の範囲での起こりうるであろう可能性行動といま実際世の中で起こった事実のみよ。そこまで考えることはできないみたい。あくまでも感情優先型のプログラミングみたいね。」
アイリが話をしている間、僕は少しずつ家に進んでいた。
回りにひとはいなかったが、僕は回りを気にして電話を話している風に耳元に携帯電話を当てて話していた。
真っ直ぐの住宅街の道の先に自分の家が見えたところで、ふとひとつの疑問が浮かんだ。
「…ちなみにさ、なんで有美ちゃんの容姿まで分かったんだ?会ったことも、見たこともないだろ?」
「ああ、それね」
アイリはまるで、母さんが連続テレビの話で「その話のオチは知ってるわ。それはね」と話し出すときのような口調で答えた。
「あなたが毎日見てる写真の除籍がそうなんでしょう?有美ちゃん、有美ちゃんって何度か小さく呟いていたから、おそらくこの被写体が吉岡有美という仮説を立てて、あとはSNSから彼女の容姿の特徴を照合して言っただけよ。あなたの写真が無かったら少し時間が掛かったかもね。それでも2秒くらいだけど」
最後は少しすごいでしょ?と自慢げな言い方だったが、なんだか人間臭くて可愛いと思えた。
可愛いと思った瞬間、自分の行動が筒抜けであることが再び露呈され、もう自分がひとりになったときにベッドの上などで有美ちゃんの写真を見つめるのは辞めようと思った。
もうこの恋は長くは続かないから。
せめて、チラシ作りくらいのものだが少しでもこの事件に触れたのだから、犯人が見つかるまでは好きでいても問題は起きないだろう。
「本当に好きなのね、有美ちゃんのこと」
「いまは、ね」
と少し含みを持たせて言ってみた。
アイリはこの僕の内側にある思いまで汲み取れるのだろうか。
別に試すようなことをしたいわけではないが、もしかしたらAIでも同情してほしかったのかもしれない。
アイリは分かっていてか、それか機能として分からないままか「そうなのね」と言っただけだった。
悲しさとも捉えられるし、機械的な冷たさとも捉えられるような言い風だった。
今度は僕がアイリの言葉の感情を読み取れなかった。
そして、僕は決意を込めてこう言った。
「吉岡有美の失踪の犯人は誰なんだ?」
僕の恋の終わりの始まりと、事件がゆっくりと深みを増していく合図だった。




