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もしかしたらの幸せ

僕たちはその有美ちゃんのお父さんの電話のあと、ほどなくして解散をした。

有美ちゃんを捜索するためのチラシを作る必要がなくなったからだ。

僕とタケシは彼女たちにレモンティを買って、また進捗があったら連絡してと伝えて学食を去った。


有美ちゃんのお父さんの電話では、警察の取り調べも含めて、関係者以外の接触はまだできないとのことだった。

だが、警察は事件と家出の両面で捜索を進めていたから、恐らくそこまで会うのに時間はかからないだろうと言っていた。

有美ちゃんの様態は全く失踪前と変わることなく、健康的であることだった。

だが、記憶が全くないようだったので、もし誘拐だとすると犯人が怪しい薬を投与した可能性もあるとのことで、身体検査は必須であるという。

有美ちゃんが無事に帰ってきてくれた。

そこまで深い接触はない関係ではあったが、やはり好きな人がそばにいてくれることは何よりも代えがたい。


僕とタケシはその足で町へとくりだした。

特に何をするわけでもなく、町へと歩を進めた。

僕もバイトはなかったし(そもそもあまりシフトを入れていなかった)、タケシも今日は珍しく部活が休みらしかった。

お互いに、有美ちゃんに若干でも関わるものとしてこの急展開にどう過ごしていいのか分からなかったのもある。

なんとなくいつもの駅前のドーナツカフェに入った。


店内はほどほどに混んではいたが、タイミングよく窓際のカウンター席が空いた。

タケシは「この間携帯電話を壊しかけたお礼」と言ってカフェオレを奢ってくれた。

先に席に着いて、タケシがくるまで一旦状況の整理をした。

有美ちゃんが失踪したのは、5日前。

忽然と学校帰りに姿を消した今週月曜日。

そしてまたふらりと戻ってきた金曜日。

失踪場所は不明。

失踪中の記憶は全くない。

犯人と思われる人物からの身代金等の要求は全くない。

これであれば、警察は事件として処理はできないはずだ。

物的証拠も何も出てきていない。

身体検査で何か埋め込まれていたら話は大きく変わってくるかもしれないが、そんなオカルト的な宇宙人からの誘拐なんて話はあるわけない。

そして、重なる10代の女子たちの相次ぐ失踪。

これは何か関係があるのか?

数年前まではこんな小さな町でこんな物騒な事件は全くなかった。

ここ数年で何が変わったんだ?

変わらない町、田舎に近いのどかな町で一気に女子たちが行方をくらます理由が思い当たらない。

何か裏で糸を引く人物がいるとしか考えられない。

どういうことだ?


ここまで、考えを巡らせたところでタケシがトレーに並々に告がれたカフェオレを二つのせて席にやって来た。

「ここのカフェオレはコスパいいし、うまいよな」

よっこらせとカウンター席に腰かけた。

ありがとうと言いながら僕はカフェオレをごくごくと飲んだ。

女の子たちには飲み物を買ったが僕らはなにも買わずにいたので、かなり喉が乾いていた。

お互いにある程度水分補給をしたところで、タケシが口を開いた。

「それでよ、なんで有美ちゃんは失踪してたのかな」

「んー、僕もそれずっと考えてたんだけど、さっぱりなんだよな」「宇宙人かなにかかな?」

「そんなまさか」

「いやだってよ、ヨージ。この山にはシロマンタがあるじゃねぇか」

「あ、あぁ、確かにな。でもそれはあくまでもおとぎ話で、昔の逸話だろ」

「小学生のとき、あんなに宇宙人はいるって言ってたお前が珍しいなあ。生活科の授業で一緒に模造紙で発表した仲じゃねえかよ」

「うん、確かにそうなんだけど、この町では考えにくいかな」

シロマンタとは正式名称を城間田山という。

この町が弥生時代や縄文時代のころ、宇宙人がやってきて文明を開花させたと言われる宇宙船の停留所だ。

宇宙人と関連して考えられている所以はその山の形にある。

どこからどう見てもきれいな正三角形をしているのだ。

さらに山の麓にはストーンサークルも数点確認され、僕らは小学生のときによくその施設見学をしていた。

だが、宇宙人と有美ちゃんを関連付けるものはない。

「だよなー、そんな漫画みたいなことあるわけないよなー」

そうタケシは言うとカフェオレをごくりと飲んだ。

半分まで空いたカフェオレのグラスで氷がカランと音をたてた。

窓の外はもう冬の景色だった。

落ち葉が地面を装飾し、ひとびとの服装が厚みを増していた。

有美ちゃんはいまごろ病院でいろいろと検査を受けているんだろうなと、白い壁と無機質な機械に囲まれている彼女の姿を想像した。

「あ、そういえば」

タケシが黒目をぱちりとさせて言った。

「風の噂で聞いたんだけどさ、お前が傷つくかなって思って謂わないでおいたことがあんだわ」

「なに?有美ちゃん関連?」

「うん、まぁたぶんガセネタだから俺も信じてないけどさ」

「なんのはなし?」

胸が急にざわつく音がする。

「まぁ、いっか。たぶんの話なんだけどさ」

ごくりと自分の唾を飲み込んだら、喉が痛みを覚えた。

「有美ちゃん、たぶん男いるかも」






「やっぱりな」と言うのが一番最初に出た気持ちだった。

あの容姿で、あの性格で、回りの異性が放っておくはずがなかったんだ。

きっと今回の事件は駆け落ちごっこか何かで、相手の男と喧嘩したとか、大学生だしちょっと一週間くらい学校サボっても問題ないとかそういうのなのかなと思った。

有美ちゃんに対しては他の女声とは一線をかく存在だと僕は認識していたが、やっぱりこの世は男と女の世の中なんだと悟った。

少しがっかりはしたが、彼女が幸せなら僕はそれでいい。

端から僕が誰かを幸せにできるはずがない確信は無駄に感じていた。

だって、僕自身ですら満足に幸せにさせられていないのだから。

「まぁ、そうだな、わかる気がする」

「んーそれがよ、たぶん嘘」

「え?なんなんだよ、さっきから」

「このはなしは野球部のやつから聞いたんだけどさ、大学の正門の前にその男が立って有美ちゃんを待ってるのを見たらしいんだ。そこまでだとまぁ有美ちゃんにもかれしができたのかなってなるんだけど、有美ちゃんがやたらとそいつのことを避けたりするし、そいつはどう見ても有美ちゃんに好かれてなさそうなわけ」

僕のなかでふつふつと嬉しさに似た感情が沸いてくるのがなんだか恥ずかしくて可笑しかった。

「野球部のやつが見たのはその有美ちゃんが嫌がってるシーンね」

「そ、そうなんだ」

「昔の男か何かなのかなー。それでさらにたぶん付き合ってないって思ったのが、そいつが何故かスーツに白衣を来てモシャモシャ頭のビン底メガネでメモ帳とペン漏っていろいろと話しかけてるわけ」

「そういう不思議な間柄の二人かもしれないだろ」

「たしかに世の中にはいろんな愛野かたちはあるけど、それはあり得ないだろってのが俺の感想ね」

確かにイメージしてみてもよく分からない二人の姿だった。

「なんかアニメから出てきたようなやつだったって」

「ふーん。交流広いんだな有美ちゃんは」

「しかもさ、もし付き合ってたとしても、彼女と電波がどうとか、亡くなった妹は?とか失踪したお母さんのことは?とかしつこく聞かないよな」

亡くなった妹、失踪した母さん。

このワードを聞いて僕は、有美ちゃんと初めて出会ったあの学食での日を思い出していた。

幼くして亡くなった双子の妹。

研究熱心だったお母さん。

付き合っていたとしても、彼女がその彼氏らしきひとに言っていたとしても、嫌がる彼女を目の前にしつこく聞ける男とは付き合いたくない。

「デリカシーがない男だな」

思わずオブラートに包まずにそのまま言った。

「やっぱりお前もそう思うよな」

「まぁ男の影があったってことは、結果としてそいつがストーカーにでもなるのは誰もが容易に想像できる話だ」

「そうだな。まぁ、あとは有美ちゃんの友達に話を聞こうぜ。俺たちが聞ける話があればだけど」

そうだな、とタケシが言った言葉と同じく返した。

そのあとはなしは打って代わり、最近同じ学科の誰それが誰かとつき合っただとか、芸能人の誰それがオリンピック選手になっただとか、文学賞をじゅしょうしそうなのは誰だとかとりとめのない話をして時刻が18時手前になったのをきっかけに家に帰ろうということになった。

タケシも実家暮らしである。

今日はなんだか疲れなと席を立ちながらぼそりと言った。

そうだな、と僕も同感した。

昨日に引き続き、今週はやけに感情のアップダウンがある出来事が多い。

有美ちゃんも帰還して、携帯電話も復活した今日くらいは、ゆっくり家で母さんの料理を食べて、加南子とアイドルのアニメをゆっくり見るのも悪くない。

駅までタケシと帰り、また明日をして僕らは解散した。



帰り道、有美ちゃんの彼氏らしき人物について妄想を巡らせていた。

有美ちゃんもやっぱりひとを好きになるんだな。

有美ちゃんが好きになる男の人ってどんなひとなんだろうか。

付き合ったらどんな話をするんだろう。

と、ここまで考えて自分で恥ずかしくなった。

タケシが別れ際要らないことを言ったからだ。

「お前にチャンスは来てるぞ」

白い歯をちらりと見せてタケシはそう言い去った。

自分の妄想の中で、有美ちゃんが誰かと手を繋いでいたり、誰かに微笑みかけている姿を描いていた。

僕がそんな風に誰かをイメージさせてそういう風に人を頭の中で動かすのは生まれて初めてだった。

変な脈を打つ鼓動と火照った顔の熱に気付き、ぶんぶんと頭を振って想像した有美ちゃんを掻き消した。

「帰ろう。たまには母さんの手伝いもしないと」

急ぎ足で家路を進んだ。

歩を進めていても、僕の中にはまだ消しきれていないイメージがあった。

そのイメージを消すために足早に進んでいたのもある。

そいつは何度も僕に話しかけ、また妄想の世界に誘おうとしている。

叶いもしない想像を膨らませてどうするんだ。

考えるだけ無駄だ。

時間がもったいない。

僕には、相応しくない。

誰も幸せにならない。

いや、待てよ。

進めていた足が一瞬止まった。

いや、もしかしたら、もしかしたらだけれども、幸せになるかもしれない。

そう、そのイメージは誰も不幸に見えなかったから。

もしかしたら幸せになるかもしれない。

だって、僕が最後にイメージしたのは、、、


赤ちゃんを抱いて微笑んでいる有美ちゃんを僕がそっと両腕で包み込んでいる場面だったから。

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