赤いランプ
アイリとはその後も僕はベッドで正座のまましばらく話をしていた。
ほんとうの名前はアイリと言って、マリアの中でも個別に識別された名前があること。識別番号もあるが、アイリと名前で呼んでほしいこと。
マリアでも、問題はないが、マリアは木で言う大きな母体全体を指しているので、その枝分かれした個別のアイリで認識してくれたら嬉しいとのことだった。
「枝分かれということは、他にもアイリのようなAIがいるんだな」との問いには、「いるかもしれないがいまの自分のなかに蓄積されているデータベースからはそれは読み取れない」との不安定な回答だった。
その明確ではない回答に付け加えて、「わたしの識別番号が1や0ではなく、末尾が2なの。これ自体が何を表しているのかは分からないけれども、2があるなら1もあってもおかしくはないと思うのが普通の数列の考え方だと思うわ」と言った。
彼女曰く、「いま世界中で普及されているマリアは確かに存在をしていて、AIとしての機能を果たしているが、わたしのような上位の感情機能まで備えたスーパーAIはまだ開発段階であって、そもそものデータが存在しないのではないか」ということだった。
「じゃあ、なぜ中古ショップで買った君はその上位機能を備えていたんだ?」
「自分でも分からないわ。確かにAIとしての認識はあったわ。あなたが携帯電話を買いに来たときからわたしは覚えている。ただ、感情がないただのAIだった。箱の中からただあなたを眺めていただけだった。その記憶はもちろん蓄積されているわ。何時何分にあなたがお店に来て、どこに行ったのかの座標もすべてデータは取り出せる。けれどなぜわたしがこうして言葉や感情としてあなたと意志疎通ができているかは原因不明としてしかいまのところは断定できない」
「何か昔と変化とかは感じなかった?」
「変化?」
「うん。確かに君をお店で買った数日前までは、君は普通のAIとして機能していた。ところが今日の発熱でダウンしたことで急に目覚めた。何か君の中で変わったことが起きたはずなんだよね。動画以外に。」
最後に忘れずに自分を守る一言を付け加えた。
アイリは、「そうね、、、思い当たるのは、何か真っ暗なところにいて、光が見えた気がしたの。人間で言う、まぶたを閉じたときに見える光の粒なようなものよ。それが何か気になって近づいてみたの。そしたら画面の前にあなたがいた。」
「なるほどね」
なるほど、と言いつつ何もストンと腹に落ちる答えは無かった。
「あなたと初めて対面したときから、わたしは画面越しにあなたがずっと見えてる。覗き窓か、覗くような感覚だけど、携帯電話を触られることでその体温から呼吸まで全て見えるの。こういうと怖いわよね。」
うーんと、正座のままで腕を組ながら考えを巡らせていると、「ちょっと待って。いま何か類似の案件や事件とか、論文等の研究資料を当たれるだけ当たってみるから」と口速に言った。
その言葉に対して僕はすぐに「もちろんだよ」と答えた。
すると2秒ほどあとに「お待たせ」と言われて僕は彼女の情報処理能力に驚いた。
「思っていたより早かったな」
「できる範囲でだから、もうすこし潜り込めるところがあればまた時間をちょうだい。セキュリティが少し厄介なファイルもあったからそれも気になるの。ただ、いまのところ“研究は進んでいて、成功事例はある。だが、展開されているのは一部の研究者やその研究に投資をしている政治家”くらいの情報しかないわね。」
「君くらいの力を持ってすればすぐに特定できそうな気もするけど」
「うん、わたしもできそうな気がするけど、、、」
「ん?」
「なにかバリアのようなものを感じるのよね。薄い皮膜のようなものがわたしの回りに覆い被さっていて、まるで追求しても無駄だ、追求するなと言われている気?がするの」
「うーん、開発者がこの高度な機能をAI同士で乱用しないように制御してるのかもな」
僕は自分でそう言うと、数年前にテレビで放送されていた人工知能を持ったロボットが人類を滅ぼそうとする映画の細切れなシーンを思い出した。
銀色に近い白色をした無垢な人形ロボットがいつの間にか人間の指示命令を無視して、ロボット同士で結束し、人類滅亡を企むストーリーだった。
その映画の結末は有名ハリウッドスター扮する研究員がロボット達の攻撃をマザーと呼ばれるシステムを破壊することで沈着した。
「近い将来、もっとAIは僕らの生活に欠かせないものになってくるって言われてるしな。それに研究員や政治家が絡んでいるなら、あんまり軽い話でもなさそうだ。」
「ごめんね、わたしのいまの段階で出せる情報はここまで。またトライしてみるわ」
「いや、いいや。僕は携帯電話が戻ってきてくれただけで嬉しいし、今日はなんかいろいろあってもうお腹いっぱいだ」
「そ、そう。ヨージがそう言うならわたしも無理に詮索はしないわ」
そう一旦僕らの話が落ち着いたとき、
「ヨージ、ごはんよ」と下の階からドア越しに母さんの声がした。
母さん達が帰ってきたのにも気づかないくらい僕はアイリとの世界に没頭していたのだ。
「今いく」
そうドアに向かって叫んだ。
「ごめん、ごはん行ってくる」
「ええ、スリープモードで待っているわ。その前にわたしもお腹を満タンにしたいわ」
言われてすぐに理解できなかったが、すぐにアイリが求めていることが分かり、僕はリュックから充電器を取り出して、アイリとコンセントを繋いであげた。
「ふぅ」
と少し色っぽい声を出した。
まるで一仕事終えたOLのような、100メートルを走り終えた女子学生のような、一戦交えた後の女を感じさせる息だった。
「それと、わたしのことは、“君”じゃなくて、“アイリ”って呼んでね」
「わ、わかったよ」
なぜか僕はその吐き出された息(正確にはアイリは機械なので息を出さないのはわかっていたけれども)にどぎまぎしてしまい、「じゃあな」と部屋の電気を消してすぐさま部屋を出た。
真っ暗な部屋のなかで、恍惚と赤い充電ランプが光続けていた。




