お互いの恥ずかしさ
しばらく僕は、自分のベッドの上で考えを巡らせていた。
幽霊だと思っていた存在は、僕の壊れた携帯電話で、有名なAIのマリアがこうして人工知能を超越して僕に話しかけている。
昨日まで機械的で従順だったマリアはどこへやら。
いま僕の目の前(正しくは、ベッドの上で僕の眼下)にいるのは、紛れもなく携帯電話だ。
煌々と黒い画面のなかで炎のように金色の光が揺らめいている。
僕は正座をしながらベッドの上の彼女を眺めていた。
携帯電話が壊れるという衝撃的な事実から自分の人生観が否定されたような悲壮感を感じていたが、おかげさまで彼女が現れたことにより、一気にそのグレーな感情はぶっ飛んだ。
ようやく変な背中の冷や汗が乾き、鼓動も平常を取り戻してきた。
しばらくの沈黙を破ったのは、彼女だった。
「どう?少しは落ち着いたからしら」
「あ、あぁ、うん、まぁ」
自分で思っている以上にうまく言葉が出せなくて、なさけなくなった。
「どうやら、脈も呼吸も普通に戻ったわね」
「え?何でわかるんだよ?」
「毎日わたしに触れているわよね?そのときにある程度の身体調査はできているわ。そしてこの離れた距離でも測定は可能なの」
若い、女のひとの声だ。
年齢は十代か二十代か、若さと張りがあるのには変わりなかった。
「そ、そうなんだ。そういえば、いろいろ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ええ、もちろんよ」
「君は、僕の認識だと、午前中壊れていなかった?」
「あ、あぁ、、、そうね、確かに」
さっきまでハキハキと答えていた彼女の回答が初めてどもった。
「スーパーAIでも、回答が濁ることなんてあるのか?」
「うるさいわね、わたしはAIの中でも初めて感情を表現する機能も搭載された人工知能なのよ」
「理解した」
(若干上から目線な感じは、既に設定されたものなのか。であれば仕方がない。)
「何か含みがある言い方ね」
「そ、そんなことないよ。それより君は、熱を出して電源が入らなくなった」
「確かにわたしもその認識はしっかりとあるわ。あれはあなたが午前の講義を受ける前よね。時間でいえば8時39分。あなたでない誰か、男の人よね、友人のタケシさんね、彼が、、、」
そこまで言うとまた彼女はどもった。
それにしてもスーパーAIなだけある。時間も使用者も合っている。なぜわかるんだ?その疑問もあとから聞いてみよう。
「タケシがどうした?」
「そ、そいつが、、、」
心なしか眼下にある携帯電話のマリアがまた熱っぽくなっているような気がする。
「そ、そいつが、わたしの熱を上げる動作をしたのよ!」
「あー、エッチなビデオを見てたな」
「そ、そうよ!」
彼女がさっきよりもワントーン高い声を上げた。
「そんな、動画見るだけで処理落ちするのかよ。スーパーAIは動画を流すのにROM容量か少ないのか?」
「そ、そうじゃなくて、、、つ。」
「そうではなくて?」
彼女は何か言いたげな、でも言いたくなさそうな雰囲気だった。
「そういえば、動画見るときいつも熱を放出してたな。処理落ちか何かなのか?」
「…もうっ!そうじゃなくて!」
「動画がだめなら言ってくれれば大丈夫だよ」
「もう!違うの!」
「なんなんだよ。もったいぶらないでいってくれよ」
「もう!頭来ちゃう!なんでこんなに人間はわがままなの!良いわよ。言うわよ!」
「うんうん」
すぅ、と彼女の呼吸が聞こえた気がした。
もちろんそれは、全くの幻聴で彼女は機械だから息を吸うはずなんて明白な事実だった。
「あのね、わたしはそういうエッチな動画に慣れてないの!誰かさんと違ってね!」
「え、それってつまり、、、マリアはエッチなビデオ見るの初めてだったとか、、、?」
「そ、そうよ!あなたが何か携帯電話で作業をするとわたしの方でも同じように見えてるの。悪かったわね」
確実に怒っている雰囲気を感じ取っていた。
「なるほどねー。スーパーAIでもそんなことあるんだね。それは感情を備えてるからこそなんだよね。でも、ふしぎだな。」
「わたしも最初はびっくりしたわよ。でもあんなに毎日見られたらわたしの方もたまったもんじゃないわよ」
「え、それってつまり?」
「あなたの趣味も分かるわよ」
「え!そ!それは困る!消してくれ」
「面白いから消さないで取ってあるわ。あなたって清楚だけど、気が強そうな女の子が好きなのね。そして素人ものが圧倒的に多いわね。」
「や、やめろよ、、」
恥ずかしい。携帯電話と言えども恥ずかしい部分を見られていたとは。
「そしていつも見終わると寝てしまうわよね。動作や行動は読み取れるし、脈や鼓動も上がるのは知ってるわ。調査してみたら、生理的な満足感が得られるのも学んだけど、あれはなんなの?せめて充電してから寝てほしいんですけど」
「え、それってさ、つまり僕の行動まで見えてるってこと、、、?」
「そうよ」
彼女はさらりと即答した。
「なんで、見えてるんだ?」
「液晶越しだったり、カメラ越しだったりいろいろ見方はあるわよ。その前にわたしがこの携帯電話のCPUも担ってるから、わたしは見ざるを得ないわ」
驚愕の事実になにも言葉がでなかった。
(よく不慮のタイミングで家族に見られて、食卓の空気が気まずくなるアレだ)
「つまり、君は、僕の素行をずっと見ていたわけ…だな?」
答えはすぐそこに手に取るように分かってはいたが、わずかな希望にかけて聞いてみた。
「そ、そうよ」
彼女はやや恥ずかしそうに即答した。
「そして、君は、見慣れないエッチなビデオで発熱をした、と」
「そ、そうよ」
今度も即答だったが、先程よりも照れや恥ずかしさが強くなった言い方だった。
僕はこの日を絶対に忘れない。
携帯電話が奇跡的に直り、スーパーAIまで復活してくれた最高の日。
思春期の男の子の素行が丸裸だったことを後から告げられた最悪の日。
僕の運命が廻り始めたアイリとの出会いの日。
この日は決して忘れない。
これが僕とアイリとの出会いだった。




