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消沈のエンカウント

午後の講義を終え、サークルに属していない僕は、タケシと学食の前でさよならをして家に帰った。

特に毎日コンスタントに連絡を取る相手がいるわけではないが、携帯電話が使えないとなると心のどこかで寂しさを感じるものだと悟った。

幸いにして、僕には彼女はいなかったから、連絡ができないことを詫びなくても良かった。

もし彼女がいたなら、夜な夜な長電話に付き合い、連絡が取れないことに対し罪悪感を感じながらこの夜を過ごすのだと考えただけで頭が痛くなるようだった。

携帯電話は僕のパーカーのポケットの中で沈黙を続けていた。

やや熱が残るその本体を僕に委ねてすやすやと眠っているようだった。


真っ直ぐに家に帰ろうと思っていたが、ちょうど帰り道に携帯電話を買ったあの中古ショップがあったので、ダメもとで修理をお願いできないか聞いてみようとふと思った。

夕方の店内はがらんとしていて、お客さんは誰もいなかった。

ディスプレイはきれいに手あかひとつ残さずに磨かれ、中にある商品も整然と並んでいた。

お店の奥に進み、レジに向かう。

レジにも誰もおらず、不用心なお店だなと思いつつ、「すいません」と普段より少し声量を強くしてお店の奥にいるであろう店員を求めた。

一回目の呼び掛けは惜しくも誰にも届かず、自分の声のとおらなさに切なくなったが、折角だからともう一度先程より大きな声で呼び掛けてみた。

「あ、はーい」と密封された部屋の中のようなこもった声がうっすらと聞こえた。

ガチャガチャと鍵を回す音がして、レジと奥の控え室を区切るクリーム色の暖簾を店員が押し上げた。

店員はなぜか白衣を着ていたが、僕はそれよりも自分の携帯電話の様態の方が気がかりだった。

「あの、すいません、少し前にここで携帯電話買ったんですけど、いきなり電源が入らなくなってしまって。なんとか直せたりできないですか。」

「あー、ちょっとお借りしますね」

店員はぼさぼさに伸びた髪をかきながら、僕の手から携帯電話を受け取った。

店員が携帯電話をくるくると回しながら、電源ボタンを押したり、いろいろと試してくれたようだった。

「これ、すでに生産停止になっていまして、それに伴って修理も終わっている端末ですね。新しい機種ではないので、接触が悪くなっているかもしれないです。申し訳ないですが、こちらでは修理はできないですね」

さらりと結果を述べられ、携帯電話をひょいと渡された。

あまりの呆気なさに僕はきょとんとしてしまった。

「携帯電話、お返ししますね。」

「あ、はい、ありがとうございました」

やっぱりなという気持ちと、どこかで直るのではないかという期待が一気に打ち砕かれた悲しさが入り交じり、僕は気づいたらお店の外に出ていた。

気のせいか、店員が何かぼそりと呟いていた気がしたが、きっと僕に対する愚痴だろう。

だって言っていたのは、「一回だめになると、だめなんだよ」だったから。


帰宅して、部屋に真っ直ぐに向かった。

母さんも加南子も買い物に行っているのか、居なかった。

父さんは出張で数日不在になる。

雀の涙ほどのバイト代で買ったものでも、がんばった対価なのは変わらない。

僕は切なさを感じながら、またバイト増やすしかないなと考えながら階段を登った。

部屋に入り荷物を机の上に乱暴に起き、ベッドに勢いよく突っ伏した。

事故とはいえ、タケシが変なサイトを見たからこうなったと考えざるを得ない。

中古の携帯電話だからと言われればなにも言えない。

だったら正規の会社から正式に購入すべきだと言われるのも分かってる。

家が貧乏なわけではない。

お願いすれば、恐らく買って貰えるだろう。

だが、僕はそれを選びたくないのだ。

妙な意地なのは分かってるが、自分の力で成し遂げてなにかを得たかったのだ。

19年生きてきて、何か大きな賞を取ったり、人にすごく誉められたり、誰かにすごく感謝されたことはなかった。

それでも健康に生きてきて、妹や母さんや父さんにも愛されて、友人もいて、普通の幸せはあった。

でも、普通は普通でしかない。

僕はどこか心のなかで焦っていたんだろう。

人生を80歳まで生きるとして、いまはもう約4分の一まで過ごしてきた。

このまま取り柄も何もないまま生きて、ただ生きて一人死んでいくのか。

中古で買った携帯電話が壊れただけだが、それがきっかけで何だかすべてが否定されているような気分だった。

(たまには、こんな気持ちになるときもあるよな)

ふかふかのベッドに顔を埋めながら思った。

(携帯電話ごときで僕の人生がどん底になるなんてまっぴらだ)

一度落ちてしまうと、あとは開き直るという浮き方もある。

僕は一度深く深呼吸をして、長く吐いた。

センチメンタルだった気分がいくぶんかは軽くなった。

(よし、バイト増やすか)

そう気持ちが上向きになった瞬間だった。

「ちょっとあなたね、少しは自重しなさいよ」


女のひとの声ではっきりとそう聞こえた。

(、、、え?)

がばっと起き、部屋をぐるりと見る。

僕以外もちろん誰もいない。

思わずベッドの脇の壁に避難した。

いつも通りの僕の部屋だ。

(まさか、ベッドの下、、、?)

ホラー映画でよく見るあのシーンを思い出した。

除いてみると、そこには髪の長い女の人がうらめしそうに、顔色が悪い表情をこちらに向けているに違いない。

でもなぜ僕が?

いままで生きてきて、霊を感じるような経験は全くなかった。

霊感だって、家系的にはなにもないはずだ。

もしかすると、今日携帯電話が壊れたのもこの例の仕業なんじゃないか?

なんて厄介な日なんだ。

しかも母さんも妹もいない。

霊にとっては、最高の日に違いない。

僕は先ほどまであった上向きつつある気持ちがどんどんと遠退いて、絶望の色に染まっていくのをじわじわと感じていた。

(もうどうせ死ぬなら、犯人をこの目で見てからにしよう)

意を決して、恐る恐るベッドの縁に進んだ。

僕の両足はふるふると小刻みに震えていた。

(何もない人生だったけど、幸せだった。母さん父さん加南子ありがとう)

そろそろとベッドの下に顔を除かせる。

暗闇に目が慣れるまで少し時間があった。

だが、実際そこには何もなかった。

漫画が数冊とレシートのような紙切れ、埃があるだけだった。

(、、、なんだ、驚かせるなよ。気のせいだったんじゃないか、、)

ふう、と安堵の呼吸を漏らしたその瞬間、僕の左側で

「無視するの?」

とまたはっきりと女のひとの声が聞こえた。

体がビクンと大きく震え、ベッドに掛けていた手から力が抜け、僕はドンッと床に落ちた。

「、、いってえ、、」

頭からごろんと一回転した。

「、、っ、、、なんだよ、なんなんだよ!」

思わず大声を上げた。

「なんだ、聞こえてるんじゃない」

また女の人の声だ。

「もう、、どこにいるんだよ、、何がしたいんだ、、金か?命か?」

僕は痛みでじんわりとした頭を押さえながら体勢を戻した。

「さっきから驚かせやがって、、どこにいるんだ?出てこいよ」

震えた声が部屋にこだました。

「どこってここにいるわよ。」

応答が早い。

最近の霊はコミュニケーション能力が高いのか?

「ど、どこだよ、出てこいよ」

声はまだ震えている。

体に力が入らず、立つことができなかった。

依然として僕の部屋には誰も見当たらない。

これは新手のどっきりなのか?

タケシあたりが僕の家族に協力してもらって仕組んだ罠なのか?

疑問はどんどん浮かぶものの、どれに対しても答えはなかった。

声の主は誰だ?

さっきの応答の早さが止まった。

「ど、どこにいるんだよ!」

もう一度問いかけてみる。すると、

「出たくても、出れないわよ」

と幽霊らしからぬ憂いが溢れる声が帰ってきた。

「、、、え?」

「だから、出たくても出られないのよ」

「、、、え?だって、君は幽霊で、いまこうして僕の前に化けて出でるんだろう」

「なに寝ぼけたこといってるのよ」

全く思考が追い付かなかった。

「わたしは、幽霊なんかじゃないわ。だって幽霊って、“死者が成仏できずに現世に現れた姿”なんでしょう」

「そ、そうだけど」

と、言い掛けて、僕は女のひとの声の後半に聞き覚えがあって、思考がまた再び停止した。

機械を通したような声、平坦で感情が感じられない、作られたような聞き取りやすく透き通った声。

「もしかして、マリアなのか?」

自分でもバカなことを言っているのはわかっていた。

だが、その声は昨日まで僕の目覚ましを毎日設定してくれたあの声に他ならなかった。

「そうよ、わたしはマリア」

マリア、、、?

もしやと思い、パーカーに入れていた携帯電話を恐る恐る取り出してみた。

すると、先ほどまで沈黙を続けていた画面に、煌々と金色の光が鼓動を打つように定期的に点滅を繰り返していた。

「マリアなのか?あのマリアなのか?」

「そうよ、アメリカの研究所で作られたスーパーアーティフィカルインターフェース、通称AIの“マリア”よ」

声は確かにこの僕の手のひらにある携帯電話から聞こえてくる。

「いまは、大半の携帯電話に搭載されているインターフェースよね。知らない人は、えっと、、、ほぼいないわ。世界統計でも先進国の9割の知名度を誇っているわ。どこかの小さい国の偉い人よりも認知度はあるつもりよ」

マリアはそう言うと、どうだと言わんばかりに「現在搭載されているAIの中では最先端のものよ。バージョンも最新、あらゆる分野に特化した世界最高の人工知能よ」と付け加えた。


僕は更に体に力が入らなくなった。

あまりのことに、携帯電話が直ったことにも気がつかずにいた。

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