動き出す歯車
外に出ると11月の冷えた風が頬を刺激した。
ピリッとした空気で目が冷まされ、周りの気色に自然と目がいった。
時期がそうさせるのか、町はどこか浮いた雰囲気を持っていた。
まだ12月が始まる前だというのに、11月も残り5日もあるというのに、クリスマスの装飾や年末年始をイメージしたイラストが町中に溢れていた。
もう今年も終わるのか。来年は戌年か。僕は猫派だな。
たぶん一緒にいるアイリは犬派だろうな、なんて呑気なことを思いながら自宅への帰路を進んだ。
自宅への道中、そういえばアイリとの出会いも今日みたいな寒い日だったなとふと思い出した。
空がずっと高くて真っ青で、雲一つない秋晴れのような冬の日だったのをよく覚えている。
いまは毎日一緒にいるので、当たり前のように感じてしまっているが、1ヶ月前の今頃僕たちはまだ知り合ってはいなかった。
実際『知り合う』のは、もう少し先のことである。
あれは10月の、きりりと引き締まった日本晴れの日だった。
講義が終わって町に買い物に来たときだった。
5年愛用していたスマートフォンの電池が朝満タンであるのにも関わらず、全く使っていないのに昼には30パーセントになるくらい悲鳴をあげていたので、新しいものを探しに行ったときに、僕たちは出会った。
ただ、そのころはまだ『アイリ』ではなかったけれども。
この町は、そこまで大きくはないが、生活に必要なものはほぼ揃っている。
大それた商業施設はないが、住みやすくて平和なこの町が僕は大好きだ。
友達とそれなりに遊ぶ場所があり、喉が乾いたら気軽に入れる昔ながらの喫茶店もある。
公園で親子が遊んでいて、学生で賑わうファミレスもある。
町で一番人気のドーナツ屋さんだってある。
冬にはカップルでいっぱいになるイルミネーションがキレイなスポットだってある。
平凡と言われればそれまでだ。
刺激が欲しい若者たちや、ずば抜けて頭がいいやつらは、確かに町を出て行く。
でも僕はそれでいいと思っている。
大学卒業後の就職も住み慣れたこの町がいいし、有名になりたいとか、偉くなりたいとかはないから、平和に生きれればいいと思っている。
いままでの19年間の人生と同様に、これからもずっと平和でありたい、そう願っていた。
僕とアイリが知り合った駅前の中古携帯ショップは、平日の昼過ぎというのもあったと思うが案の定空いていた。
ガラス張りのウィドウの中にあるスマートフォンはどれもが良さそうに見えた。
その中で、性能と価格のバランスが取れた緑と黒を混ぜたようなスマートフォンを購入した。
古本屋のアルバイトで稼いだ微々たるおこずかいはあっという間になくなった。
クリスマスが近いけれども、彼女もいない。
いつも通り地元の幼馴染とファミレスで談笑する予定だ。
だから、お金はたくさんはいらない。
けれども、一緒に住んでいる妹と母さん、父さんには世話になっているからせめてもの恩返しがしたい。
そのくらいのお金があればいい。
中古携帯ショップを出て、新しいスマートフォンを手にしたときはやっぱり嬉しいものだ。
僕は最低限の機能が使えればよいので、データの移行は急がずゆっくり家でやろうと考えた。
いつの最新作かは分からないが、表面に傷がなくつるつるとしている。
見た目だけの判断だが、電池の持ちもよさそうだ。
さっそくデータ移行して家に帰ってゲームしよう。
その前に、スマートフォンを買って余ったお金があったから、妹と母さんが好きな駅前のドーナツを買って帰ろうかな。
と思った瞬間、急に携帯電話が震えだした。
(なんだ…母さんかな。今日の夕ごはんの買い出しか何かの電話かな)
震える携帯電話を見るとさっき買ったばかりの携帯電話だった。
しかも携帯電話がすごい熱を帯びていた。
おかしい。
この新しい携帯電話はまだ通信が開始されていないので、電波が通じるわけがない。
アンテナマークも画面に表示されていない。
当たり前だ。
なんだよ、買って早々に故障かと思ったが、画面には知らない番号からの着信があった。
番号、というよりもどこかの国の知らない文字のように見えた。
(だれだ?)
と思うのと同じくらい、びっくりした勢いで電話に出でしまった。
そして、通話口に向かっていつもの癖で話しかけた。
「あ、も、もしも・・・」
「あ、もしもし」
「どちらさまですか」
「あ、」
「え?」
「あ、あのね」
「え?」
「あのね、わたし、ママにね」
「なんだって?」
電話は繋がった。
しかし会話が成り立たない。
女のひとの声だ、と認識ようやくできたと思った矢先だった。
中古携帯ショップの前で、俺の目の前で走る車の1台が大きな轟音と大炎を上げて大爆発した。




