表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/105

学食での思い出

「お待たせ」

医務室のおばさんからの彼女への応急手当が終わったので、部屋の外にいた僕に彼女は話し掛けた。

血を見るのはなんだか苦手だったし、彼氏でもなんでもない通りすがりの僕が彼女のそばで手当てを見つめるのもおかしな話だと思ったから、過去を振り返りながら外で待機していた。

「待ってないよ。怪我は大丈夫?」

「うん、おかげさまで。心配してくれてありがとう。そしたら、学食行こっか」

「うん」


学食には学生が朝ごはんを食べたり、机に突っ伏して寝ていたり、運動部らしい学生たちが談笑をしていたりと、ちらちらと席を埋めていた。

僕らは入り口を右に曲がり、光が当たる窓際の四人がけのテーブルに腰を下ろした。

オレンジ色の使い降るされた椅子の上に彼女が荷物を置いた。

「なに食べる?」

「僕は、朝ごはん定食Aにしようかな」

「あ、わたしも一緒」

そう言うと彼女は立ち上がり、鞄から財布を取り出そうとした。

「あ、いいよ。足の怪我もあるし、僕が取ってくるから。定食だとすぐ出てくるからここで座って待っていて」

膝に大胆な白くて厚みのあるガーゼを貼られた彼女は、ただでさえ背が高くて目立つのに、余計に目立ってしまう。

しかも、怪我人を連れ立たせるほど、僕も紳士でないわけではない。

「あ、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」

彼女はひょんとした驚いたような表情になり、すとんと、また椅子に腰を下ろした。


「お待たせしました」

お盆につやつやでほんわかとしたごはんと、ワカメのお味噌汁、漬け物に焼き魚(今日はさばの味噌煮だった)を乗せて、僕は席に戻った。

右手は僕の分、左手は彼女の分で、まるでファミレスのウェイトレスのような姿だった。

僕は席についてやっと、この不思議な状況が見に染みてきた。

はじめて会ったひとと、顔を合わせてごはんを食べるなんて生まれてはじめてだった、

しかもそれが、人生ではじめての一目惚れの相手だなんて、できすぎている話だ。

僕は自分の顔か少し火照っているのも感じた。

外は気持ちのよい晴天だが、季節はまだ2月。

学食は暖房の暖かい空気で包まれていた。

目の前に彼女がいる。

僕は、この人が僕の好きな人なんだと認識すると急に何を話したらいいか分からなくなった。

さっきまで平然としていた僕はどこかにおさらばをしていて、いまここにいるのは、一目惚れをしてあたふたと背中に汗をかく18歳の僕だった。

何とも頼りない。

すると、彼女が口を開き、

「来年も、一緒に授業がんばろうね」と言った。

「あ、うん。そうだね」

僕はどこを見たらいいのかも分からず、お椀に盛られたごはんの湯気の先を辿っていた。

湯気が消えた後、ぼんやりと彼女の白い腕が見えた。

その彼女の腕にピントを合わせると、腕の上に彼女の胸がゆるりと乗っているのが見えた。

さっき、彼女が転んだときに、その胸に僕は触れていた。

触れていたのは僕のみぞおち当たりだったが、あの一緒でも僕は彼女が、僕と同じ男ではなく、女性なんだと分かるくらいだった。

そう思い返すとますます僕は彼女を直視できなくなっていた。

そうだね、という僕の発言からその後は僕たちの空間に言葉はなかった。

お互いがごはんを食べ進めていたのもあって、ましてや僕は彼女を意識しすぎて頭が目の前のごはんのように、真っ白だった。


少し胃に食べ物が入ると冷静になった。

そこで僕はさっきの彼女の発言を咀嚼し直した。

『来年も、一緒に授業がんばろうね』

(来年も、、、?)

そのとき僕はようやく、入学してから約一年間彼女の同じよう教室で授業を受けていたことに気づかされた。

いつもタケシたちととしか絡んでいなかったから分からなかった。

言われてみれば、彼女のような女性が華やかなチームのなかに居たような気もしてきた。


僕らはごはんを半分くらい食べたところで、お互いに一旦箸を置いた。

彼女がなぜ箸を止めたのかわからないが、僕の方は、彼女に僕の食べ方がどう写っているのか気になったのと、自分の久方ぶりの恋心に気づいてしまい、どうしようもなくなってしまったからだ。

すると、彼女は薄い緑色のプラスチックでできた湯飲みを両手で持ち、話始めた。

「一緒にごはん食べてくれて、ありがとう」

「あ、いいえ、こちらこそ」

「初対面のひとと、こうしてごはん食べたのはじめてだわ」

「僕もだよ。緊張する」

「えへへ、そうだよね。あ、そういえば、定食のお金渡さないとね」

「いいよ、別に、大丈夫。折角だから僕にごちそうさせて。きっとあのおばあさんもそうしてたと思うから」

彼女はかばんから財布を出そうというふうに体を席の背もたれにかけているかばんかに手を伸ばしていたが、僕がそう言うとしぶしぶ「ありがとう。今日はお言葉に甘えます」と言ってまた僕の方に向き直った。

「わたし、吉岡有美。人文学部の一年生」

「僕は、山本要次。教育学部の一年生」

「山本くんね、よろしくね。一年生だと、まだまだ必須科目取ってるんでしょう?他には何を取ってるの?」

「えっと、、、」

そこから僕たちは色々な話をした。

お互いの学部の話や最近のニュースや趣味、家族のことなどを話した。

不思議と初対面のひとと話すときのぎすぎすした雰囲気では全くなく、久しぶりに会った旧友と話しているかのようなそんな気持ちのよい雰囲気だった。


彼女は、二人姉妹で、いまは駅から歩いて20分の僕とは反対方向の町内にお父さんとおばあさんと住んでいるらしい。

彼女のお姉さんはこの大学を卒業し、いまはテレビ局のニュースキャスターをしているらしかった。

言われてみると、夕方のニュースに出ている女性も彼女と同じ吉岡だったし、目元がはっきりとしているところは姉妹と言われて納得できる印象だった。

いまは姉しかいないが、昔は妹がいたらしい。

妹と言っても、生まれてすぐに亡くなってしまったとそうで、妹だったかもしれないし、姉だったかもしれない。

お母さんは、何かの研究をしていたようだ。

というのも、彼女のお母さんは熱心な研究家で、その仕事に真っ直ぐな姿勢に惹かれお父さんは結婚したのだそうが、彼女は物事に対して真面目なわけではなく

「研究」に対してだけ真面目だっただけのようだ。

つまり、結婚して子供を授かりながらも、自分の愛情は子供や夫などの家族ではなく研究に、だけ向いていた。

その姿に熱も冷めた父は、離婚をし、おばあさんがいるこの町に引っ越し、いまに至るのだ。

片親の彼女だったが、いままで片親という理由で、なにかに困ったことはないそうだ。

小さい頃から姉やおばあさん、そして父に育てられ、愛情をたくさん受けて育った彼女は、真っ直ぐに周りに恵まれて生きてきたと言う。

彼女のお母さんは、すでに亡くなっていると、高校を卒業した後に言われたときは、さすがに記憶にない母であっても堪えたらしい。

一度はお腹を痛めて生んでくれたお母さん、お母さんが海外で研究をしていたからこそ、幼少期に英語に親しみ、こうして将来は語学を生かした仕事をしたいと思うようになったのだ。

お母さんに自分が物心ついたときに、一目みたいという彼女のささやかな夢は高校卒業として無くなってしまった。

しかし、彼女は自分がこうして生きていてお母さんを思うことがお母さんに対しての恩返しだと言う。

天国でお母さんに会ったときは、何でも望んだことをしてあげたいと天使のようや笑顔でそう言う彼女は、とても強く光っていた。


僕はそんな語れるほどの話は持っていなかったので、ほとんどが彼女の話だったけど、僕はとても満足だった。

吉岡有美という彼女のことを深く知ることごできた。

ますます彼女のその強く生きる生い立ちに惹かれた。

ますます彼女が、幸せになることを祈るばかりだった。

それが僕でなくても、彼女を悲しませず、幸せな景色を見せてあげたいと願った。


彼女は話終えて、どこかすっきりした顔になっていた気がする。

お風呂上がりのような、汗をシャワーですべて流したかのような清々しさだった。


「わたし、話しすぎてるね、ごめん」

と申し訳なさそうに言った。

「ぜんぜん。むしろ足りないよ」

と、僕らしからぬ言葉が出た。


彼女は、「ありがとう。山本くんって、天使みたいだね、優しい」と目を細目ながら言った。


11時前の太陽が、人で増えた学食に差し込み、彼女の目尻をキラキラと照らした。


僕らはそのあとで、またくだらないことも交えてまた話朝始め、気がつくとお昼になっていた。

僕はタケシたちに直接謝りたいと思ったので、一足早く学食を後にした。

彼女は、「また来年の英語の授業でね」と言って、僕はさよならをした。


翌週特別に設けられた英語の追加試験で、僕たちは無事に合格をし、進級した。


そのあとは、何もない。

二年生に進級したあとも、お互いまた同じ英語のクラスに配属になったが、廊下で目があったときだけに会釈するくらいで特にあのときのような密な会話はしていない。

たまたま英語のコンバーセーションのペアになっても、僕が彼女を意識しすぎていること、周りの視線が気になること、この二点のせいでまともに話せてはいない。


そして、彼女はいなくなった。


僕のこの温かい気持ちだけを残して。


彼女は、いまどこにいるんだろう。


出会ったあの日と同じような晴天の空を見ながら、僕は彼女の幸せを願った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ