弾んだ坂道②
結果として、僕とその黒髪の彼女は試験開始前に教室に入ることができずに、テストの受験資格を失ったのだった。
ただ、更にその結果として、僕らは試験を合格し、新入生と一緒に肩身の狭い思いをして、外国語の講義を受けなくても良くなったのだ。
おばあさんがなんと大学へ坂道で助けてくれた感謝の電話をその日に学生課に掛け、「わたしのお陰でテスト受けられなかったので、どうにか助けてくれないか」とお願いをしてくれていたようだ。
その電話から数日後、僕らは特別室で広い教室のど真ん中に二人きりで試験を受け、無事に合格をし、単位を取得した。
かくして、二年生のいま、またこうして同級生たちと、そして彼女と一緒の講義を受けられるようになっている。
後日談としては、こうだ。
僕が足から血を流しながらも、凛々しく立ち上がった彼女に不覚にも惚れてしまったそのあと、そんなことは当たり前に分からないのは当たり前な顔をしていた。
僕の手を取って立ち上がり、パンパンと水色のワンピースのスカートについた土をほろった。
そのあとおばあさんについた土を優しく払った。
僕は手をさしのべたまま、しばらく動けずにいた。
なんとも不格好な姿だった。
「おばあちゃん、大丈夫ですか?歩けます?病院まで送りましょうか?」
「いいや、大丈夫だよ。お嬢ちゃんが助けてくれたおかげで、どこも痛くないわ」
「それは良かった」
彼女は頬を紅く染めながら、少し息を切らして言った。
「お兄ちゃんもありがとうね。荷物拾ってくれてね。お兄ちゃん?」
そのときおばあさんに話しかけられて、ようやく僕は彼女から目を離すことができた。
「あ、いえ、僕は何も。彼女がとっさに気がついただけです」
そう言いながら、おばあさんが坂で落とした手提げを渡した。
「そのちりめんかわいいですね」
彼女は足から血を血を流しながら、にこりと言った。
「お嬢ちゃん、足はほんとに大丈夫なのかね?若いのに、傷が残ったら大変だ」
「おばあちゃん、大丈夫ですよ。わたし陸上部だから、よく傷ができるんです。しかも、今日たまたまスカートを履いてたのも、わたしの責任だから。それに、おばあちゃんが無事なら、この傷も喜んでいると思いますよ」
「まぁ、そう言ってくれると、嬉しいわね」
どこからそんな余裕が出てくるかは分からないが、彼女は出会った瞬間からたくましく、凛々しかった。
「あ、そういえばチャイム鳴っちゃった、、」
「あ」
彼女に見とれていたことで、大事なことをすっかり忘れていた。
「もしかして、君も英語の試験だった?」
「そう、そのもしかしてだよ」
「まぁ、仕方がないよね。おばあさんの元気には変えられないし!これで落第するわけではないし!」
彼女は水色のワンピースをひらめかせながら、ぐーっと澄んだ空に向かって伸びをした。
「さあ、おばあさん行きましょう!これからどちらに向かうんですか?」
「ああ、ちょっと知り合いのところにね、、、」
おばあさんを坂の上まで送り、おばあさんと僕らはふたてに別れた。
おばあさんは何度も振り返り、何度も会釈をした。
僕らも何度も会釈を返した。
そしておばあさんの姿が見えなくなると、僕らは正門をくぐり、学校へと向かった。
正門を抜けて、自転車置き場まで来たところで、僕はずっと彼女の自転車を押していたことに気づく。
「自転車、何処かに停めようか?」
「あ、ごめんなさい!わたし、すっかり君にお願いしちゃっていたのね」
「ううん、むしろそんな膝の状態なのに、おぶってあげられなくて申し訳ないよ」
「そんな、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
彼女はそっと僕から自転車を受け取り、空いている適当なところに自転車を停めた。
「さて、どうしようね?」
「え、どうしようねって、医務室に行こうよ」
「あー、それもそうなんだけど、試験さ、受けられなくなっちゃったから、どうしようねってこと」
「うん、まあ、確かに、、」
途中入室なんてもっての他だ。
ここは素直に引き下がるしかないのだ。
「あーあ。マーク先生、仲良しだからなんとかならないかなぁ。ならないか、、」
彼女は少しだけ自分の膝を見つめて、そのあとぐるっと僕の方向に向き、
「学食で朝ごはん食べよっか。今日朝食べる時間無くて、お腹ペコペコなんだ」
と、単位を落として落胆しているように雰囲気は一切見せず、空の青さに負けないくらいの眩しい笑顔を見せてくれた。
僕もやるとこは無かったし、気になる子の誘いを断るほどの何かを持ち合わせては居なかったから、「もちろんだよ」と答え、まずは医務室に向かった。
その後、ラグビー体型の彼はもう学校では見かけることはなかった。卒業生か、四年生だったのかもしれない。
彼にもし会えたらなら、この彼女との出会いのお礼を言いたいくらいだった。




