兆候
有実ちゃん失踪から、一番軽い足取りで家に着いた。
その前に駅前で可南子が、好きなドーナツを買って帰った。
古本屋のバイトは月水金の週3日だけだから、そんなに贅沢はできないけど、今日は気持ちが晴れ晴れとしているから、買って帰りたかった。
本当は有実ちゃんに、と思っていたがそれはその思いはどこにいくこともできなかったので、可南子と母さんに向けることにした。
「ただいま」
鍵は持たされていたので、施錠を外し、玄関から叫んだが家の中はしんと静まり返っており、可南子と母さんがいないことに気づいた。
きっと夕ごはんの買い物だろう。
僕はキッチンのテーブルにドーナツ6個が入った箱を置いて自室に向かった。
ブブブ
部屋に入るやいなや、携帯電話が震えているのに気づいた。
パーカーのポケットから取り出してみると、今日学食で連絡先を交換した女の子からメッセージが入っていた。
『今日は、ありがとう!急なんだけど、明日ビラを印刷して配布することになりました。
16時くらいに学食でするんだけど、予定はどうかな?マイ』
早速返信する。
『マイさん、こちらこそありがとう。
明日大丈夫です。タケシとミキオにも声かけておきます。何か手伝えることあったら、何でも言ってください。ヨージ』
携帯電話と一緒にベッドに飛び込む。
あぁ、有実ちゃん。
君がいるだけで、喜ぶ家族がいる、友達がいる。おまけのおまけで僕もいる。
だから、早く見つかってくれ。
みんなが君を必要としているんだ。
だから、お願いだ。
みんなが君のために、命を燃やして探している。
僕なんかよりも、君が必要なんだ、この世界には。
だから、どうか…。
僕の心のコンディションが良くなったのか、気持ちが少し軽くなったのか、どうやら気がつくと携帯電話を握りしめてしばらく寝ていた。
次に意識が戻って起きたときは、可南子が『ごはんだよー!お兄ちゃん!』と下の階から叫んでいた時だった。
それまでの少しの間、僕は夢を見ていた気がした。
曖昧な記憶だが、確かにそれは夢だった。
はっきりとは覚えてないけど、女の子がいて、何かに吸い込まれていって、粉のように消えてしまう夢だった。
僕が何かを必死に叫んでいたこともあった気がする。
その女の子は、どこかに歩いていくと、一枚の鏡に行き当たった。
その鏡は不思議なことに、実物は泣いているのに、鏡の中の女の子はを笑っている、そんな夢だった。
そしてよく分からないが、起きたら僕も泣いていた。
目尻に涙が流れて乾いた跡があった。
あとは、携帯電話を握りすぎて熱くなっていた。
泣いたからなのか、眠ったからなのか、少しだけ、また気持ちが軽くなっていた。
下の階からは、ふんわりとカレーの良い匂いがした。




