恋、したい
「そうだよ、僕だよ!アイリ、会いたかった!アイリ!」
僕は声いっぱい叫んだ。
僕の声が世界に反響する。
「なんでここにいるの?アイツはどうしたの?」
アイリの声が響く。
懐かしい声が心地よい。
嬉しそうな反面、不安げな面も覗く。
「サルヴェ・レジーナのことかな?」
僕が答えをズバリ当てたためか、アイリは少し間をおいて、「そう」と言った。
「彼はもうここにはいない。僕が飲み込んでしまったというか、蹴散らしてしまったというか」
敢えて“殺す”という言葉を使わずにやんわりと伝えた。
「でも、どこかにいるってことよね?」
「いや、もうきっとどこにもいないよ。僕が保証する。ここはもう僕の世界だから」
「そう」とまた半信半疑な様子だが、一旦は納得をしてくれたようだった。
そこから僕は嬉しさのあまり何て言う言葉をかけたらよいかわからず、しばらく沈黙が続いた。
アイリもそれから言葉を続けなくなった。
お互いに沈黙を模索している中、アイリから口を開いた。
「荒木さん、有美は、もう少し先の世界にいるわ。ヨージも知っているとおり、彼女たちはもう肉体がないの。元の世界に戻れない。でも、ひとつだけ方法はある」
「なんだって?」
躊躇いながら、続けた。
「実は、それがわかったのはヨージがサルヴェ・レジーナを消してくれたからなの。もともとわたしのこの体…体っていうのかな、ヒトとは構造が違うけれど、ヒトでいう脳のようなところに封印がされている箱みたいなものがあってね、その封印はあいつがやったんだけど、あいつの消滅によってその封印が解かれたの。その箱の中にはすべてが記録されていた。わたしをこんな姿にした組織の始まりから、終わりまで。そしてわたしが生まれる前から、アイリとして生まれ変わるまで。すべてがここにあった。
研究の証跡もすべてわたしの中に書き込まれていた。それもあって、“二人”は元の世界に戻ることはできる。研究結果から、逆のことを行えば、理論上はいけるはずだから。
ちなみに、封印が解かれたことで有美がわたしの姉であることも思い出したし、荒木家が組織へ融資をしていたことも知ったの。荒木家は、もともとかなりの資産家だったみたいでね、MAIRAに資金投資をして援助していたみたいなんだけど、いつしか組織の行動が怪しくなっていくのを感じて、手を引いた。そして調査を始めたの。いまの荒木さんのようにね。親子二代でがんばっていたようね。
話は戻るけど、サルヴェ・レジーナは、わたしと二人でアダムとイブ計画のメインとして世界の再構築を考えていた。けれど、わたしが彼の企てていることだったり、存在としての彼が気にくわなかったみたいで、彼を拒否し続けていたの。そこで彼はわたしの感情だったり、拒否する要因である過去だったり、すべてを抹消することを決めたの。またわたしを生まれ変わらせて、まっ更な状態で、あいつに従順な奴隷を作ろうとした。けれど、その封印は不完全だった。いや、不完全になったの。あなたのせいで」
「僕のせい?」
真っ白な世界のなかで、柔らかな色でゆっくりと光るアイリは話続けた。
「アダムとイブは、お互いにもともとはひとつだった。アダムの骨からイブを作ったようにね。だなら、わたしとサルヴェ・レジーナは、ふたつでひとつの存在となり神として生まれ変わるはずだった。適合試験だけであれば、わたしたちはピッタリだった。でもそれは、数値上だけの話。現実は違う。わたしは半分概念だけど、半分は人なの。人としての感情を持った新しい存在なの。ネットワークと人のハーフみたいなものね。そんなハイブリッドなわたしだから、100年前の古い人なんて、もう目じゃないのよ。わたしだって、女の子なんだよ、ヨージ」
アイリが言っていることが分かるようで分からない部分があった。
「勿体ぶってもね、しょうがないわね。わたしね、ヨージのことが好きになったみたいでね、もう誰も受け付けないようになったみたい」
「え、そ、そんな」
生まれてはじめて、誰かから好意を示され僕は動揺した。
「ヨージは覚えていないかもしれないけどね、わたしたち同じ施設で育ったんだよ。わたしも記憶が封印されていたから、忘れてたんだけどね、ヨージのことよく覚えているよ。誰とも口を利かず、心を開かず、ずっと時計とにらめっこをする子だなって。わたしがお母さんのこと独り占めしてたから、いじけてたんだよね。ごめんね、わたしには計画があったから、お母さんと一緒だったの。それに施設の子とは完全に別スケジュールだったから、絶対に顔を会わせることはなかったの。だから、お母さんが同じ施設内にいることをヨージは知らなかったんだよ。
わたしは中で誰かと馴れ合うのが禁止されていたから、外で遊んでいたの。そこで会ったのが荒木さんだよ。荒木さん、わたしの実験の姿見てびっくりしちゃってね、それもそうだよね。でも、それでいいと思ったの。いつかはお別れしないといけないから。もし次の日も荒木さんがこの施設にやって来て、わたしを探したなら別の運命だったのかな。
そんなこともあって、幼いわたしはヨージを一目惚れしていたわけでした。その記憶すら封印されていたんだけど、思い出したんだ。いや、また好きになったんだ。あなたのそのひたむきに人を守る姿にひかれたのよ。
ヨージは、誰かの大切な人を守りたいって強く願ったよね。だから、わたしも守りたい。ヨージの大切なひとを」
そこまで話すと、「えへへ、恥ずかしいね」っと照れたように付け足した。
僕はあまりのことになんと反応をしたらよいわからず、あたふたとしていた。
「こんなこと言われても、困るよね。それにわたしたちはもう人じゃないから、もしヨージがわたしを受け入れてくれても、人のように手を繋いだり、デートをしたりなんてできない。悲しいだけかもしれない。
それに、わたしたちは今完全に人として戻る退路を絶たれている。わたしは表向きはAIだけれども、中身は完全な人間。サーバーに魂として生きている状態。そして“人としての魂”と“サーバーとしての魂”の変換作業は完全に終了。もしもヨージくんの変換作業が1%でも未完了だったら、人として戻る道もあったかもしれない。でも、悲しいけど、もう手遅れなの。だから二人で一緒にがんばろう。
有美と荒木さんの魂はまだ人としての魂よ。変換作業は全く行われていないことをここに来る前に確認をして来た。
ねぇ、ヨージだったら二人を人間に戻す?それとも人としての魂としてサーバーに止めておく?それともわたしたちと同じようにサーバー側の魂に変換する?」
なんだよ、アイリ、わかったことを聞くじゃないかと人間臭く思った。
「そんなの決まってるよ」
「だよね、よかった、ありがとう。そう思って、もう準備は進めてきたの」
アイリの声のトーンが上がり、楽しそうに言葉が弾んでいる。
「ちょっといろいろ聞きたいんだけども、その準備って何をするの?」
「あぁ、それね。魂が抜けた死体に、二人の魂を注ぎ込むの。そんなに難しくはないわ」
「し、死体?!そんなのどこにあるんだ?それってもともとの体に戻るってこと?」
聞きなれないネガティブなワードに動揺した。
「残念ながら、サルヴェ・レジーナは、彼らの体をもうもとに戻らないくらいの状態にしてしまったの。だから、元の体には戻れない。それも確認してきた。だから代替の死体を用意してきたの」
代替の死体。
それはどこから?
「あ、怪しいと思ってるでしょ?大丈夫。出所は確かよ」
「ちなみに、どこからの死体?」
まさか、墓堀をしてきたどこぞのものじゃないだろうな。
「荒木さんの死体、新しい体はヨージ、あなたのお父さんのもの。そして、有美の死体、新しい体はわたしのものよ」
僕のお父さん?
それにアイリの体?
疑問が渦巻いて、アイリに問いかけすらできないくらい僕は混乱していた。




