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流れ星

僕の発言に、サルヴェ・レジーナは一瞬思考を止めたようだった。

しかし、そう感じた次の瞬間にはもう、「ククク」と余裕の笑いを浮かべていた。

「そんなことができるわけがない。ここは俺の世界だ。俺が100年間過ごしてきた庭のようなものだ。それがお前のような人間に何ができるというんだ。ん?」

最後の言葉には挑発的な感情が込められていた。

お前には何もできない、お前は無力だ、と。

それは19年の人生のあらゆる場面で僕が思ってきたことだ。

今から他人から言われたところで、何の痛みもない。

寧ろそうだ、と同意をしてくれたようで僕は逆に感謝をした。

それに、何もできない僕はもう次の瞬間いなくなるのだから。

「僕にだってできることはある」

語尾に力がこもった。

そしてお腹の辺りに力を込めた。

いや、こもっていた、という表現の方が正しかった。

不思議なことに、僕がこのサルヴェ・レジーナの世界に飛ばされてから、からだの中にふつふつと湧き水のように涌き出す力を感じていた。

それははじめのうちは制御しきれず、語気が強くなったり、言葉に力が入ったりしていた。

それもそのはずだ。

僕はこの世界に入ってきた時点で、サルヴェ・レジーナに殺された。

人間としての生を終えたのだ。

それは、きっとアダムとイブ計画の“肉体との別れ”を指す。

僕はアダムとしての役割を命じられ、有美ちゃんはアイリの保険としてこの世界に留められ、荒木さんはきっとサーバーの統制のために一応魂だけはこの世界に置かれる。

そんなの誰が望んだ結果だというのか。

僕はこの世界に存在している力をからだ中心に集まるように意識を集中させた。

すると、どうだろう。

真っ暗だった目の前が徐々に明るくなる。

じんわりと、真っ暗からグレーに、そして白と黒の境目がはっきりと無くなるかのように、辺りは真っ白になった。

まるで、真っ白な夕焼けだった。

なぜ力を集中させた結果、辺りが白くなったかは不明だった。

だが、環境は一変した。

「僕はあなたがしたことを許さない。僕は望まれてこの世に生まれてきたわけではない。でも、望まれて生まれてきた大切な人々を奪った相手に復讐をするくらいなら許されるだろう。それが、僕にできる復讐だ」


辺りは、相変わらず真っ白だった。

目の前に広がる世界が黒から白に変化したあとに、サルヴェ・レジーナの声は全くしなくなっていた。

いくら話しかけても、叫んでも、彼の声は降ってこない。

それは無駄なことだと分かっていた。

僕はどうやら本当に彼を殺してしまったらしい。

この世界は、僕にとってとても居心地のよい空間だった。

まるで温かい海の中で、流れ漂う波のように何の力も感じることなく体をふわふわと浮かせていた。

恐らくこれが“適合する”ということなのだろう。

もしかしたら、ユリハヨシオカ、有美ちゃんのお母さんは組織が絡んでいた計画を阻止しようとしていたのではないか。

はじめのうちは、組織への忠誠心と責任感でやりとげなければいけないと感じていたが、実の娘が生まれ、この世に生を受けたものの、結果として組織に奪われたことによって、いつしか組織への暗示のような思いは溶け、アイリをもとの姿に戻すことにシフトしていったのではないかと感じた。

感情と勢いそのままにサルヴェ・レジーナを消してしまった今、真実は永遠に解き明かされることはない。

サルヴェ・レジーナ自信がすでに肉体を失い、百年をかけて概念になっていたので、同じく概念となった僕にとっては彼は同質だった。

概念でいた時間こそ違うけれど、“適合者”としての僕の力はきっと壮大なものであったに違いない。

もしかすると、ユリハヨシオカははじめから僕の能力を知って、計画を終わらせるために敢えて僕を養子に出したのではないか、そう思えるようになった。

だが、今となってはもう真実は分からない。

待てど暮らせど答えはやってこない。

むしろ、何もやってこない。

この世界、サルヴェ・レジーナの世界だったここには、何もない。

「さて」

僕は戻る肉体も失い、途方にくれた。



ぼんやりとあたりを眺めていた。

真っ白な世界。

どこまでも真っ白で、部屋の繋ぎ目や世界の区切りなんてものは一切ない、ただただ白い場所。

サルヴェ・レジーナもこんな何もないところで、ずっと過ごしていたのだろうか。

そう感じると彼を一瞬で消滅させてしまったことを後悔した。

どうにかして、共存できる道はなかったのだろうか。

共存。

その言葉が心を通過したとき、僕は大事なことを思い出した。

「有美ちゃん、荒木さん」

二人はいまどこにいるんだ?

二人もきっとすでに概念となり、この世界のどこかで浮遊しているはずだ。

二人を探そう。

「そして、アイリに会いに行こう」

アイリもサーバーの住人として、ここのどこかにいるはずだ。

僕は進み始めた。

肉体がないので、物理的にではないが、意識が三人に向いていった。


僕は強く願った。

会いたい、と。

出会いから、今日に至るまで、いろいろとあった思い出を振り返った。

淡々とした、書き込みがないただのノーとのような、無機質だった僕の生活が一変した駅前での爆発、そしてアイリとの出会い。

有美ちゃんとの接近、愛しさの芽生え。

荒木さんと出会い、捜査、地下室の爆発、組織への潜入、サルヴェ・レジーナとの戦い、孤独。

僕の冴えない人生にも大切な人がいてくれた。

その人たちを守りたい一心だった。

結果として、こうしてサーバー世界に閉じ込められてしまったが、何らかの形でみんなを守ることができるだろう。

なぁ、ここでの生活は楽しいか?

娯楽はあるのか?

年を取らないから、腰痛にも老眼にもならないんだよな?

なぁ、分からないんだよ。

僕は本当にみんなに会えるのか?

なぁ、教えてくれ。

誰か、誰か。

アイリ。

僕の心のなかで、さっきから強く鳴っているものがあった。

あの教会の鐘のような高らかに鳴り響く音。

僕は会いたい。

会ってみたい。

どんな容姿かは分からない。

会っても分からないかもしれない。

でも会ってみたい。

アイリ。

君は今どこにいる?

そうアイリの姿を想像した瞬間だった。

真っ白な世界に眩しい光が飛び込んできた。

まるで流れ星のような勢いで上の方から降ってきた光は、その鋭い形を変えて、円形の柔らかい光の形となった。

ピンクと肌色を混ぜたような柔らかく光るのその光は、僕の目の前でふんわりと浮いていた。

僕は迷わず話しかけた。

「…もしかして、アイリなのか?」

返事はすぐに帰ってこなかった。

違ったのか。

この世界には、摩訶不思議な生物がいるのかもしれない。

気を落としていると、

「ヨージ、なの?」

と、辿々しく聞きなれた声が世界に響いた。

エコーで反響するその声は僕の体に、体は物理的になかったが、からだいっぱいに染み渡っていった。

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