発声
キーコーンカーンコーン
聞き慣れたチャイムがお昼の時間の開始と午前の講義の終了を告げる。
大講堂から生徒がわらわらと列をなして、学食や自宅などいろいろな場所へと向かっていく。
僕は席に着いたまま、ぼんやりと黒板を眺めている。
ノートは出してはいたが、真っ白だ。
「、、、い」
「、、おい!」
「おい!ヨージ!起きてるか!」
となりから右肩をわしわしと揺さぶられた。
「あ、あぁ。起きてるよ」
ぼんやりとした意識のなかで反射的に答えた。
「もう、大丈夫かよ~。もぬけの殻じゃねえかよ」
「だよなぁ、学校来れてるのが奇跡だぜ。よく事故らずに来てるよな」
仲の良い友人たちだ。
小学校から一緒の腐れ縁で、毎年ファミレスでのクリスマスを楽しむ友二人タケシとミキオだ。
言わずもがながと思うが、僕らはずっと恋人はいない。
「なぁ、昼だし腹へったから学食行こうぜー」
「うん、そうだな」
僕はそう言ったものの、あの日からお腹が空かない。
でも何か食べないといけないし、気を遣ってくれる大切な友人たちと一緒なら気分も晴れそうだ。
真っ白のノートを青のリュックに詰め込んで講堂の階段を降りた。
学食はひとでごった返していた。
この大学の学食は、3つある。
農学系のキャンパスに一つ、文系と教育系のキャンパスに一つ、そして理系と工学系のキャンパスに一つだ。
入学してから誰もが思っていると思うが、明からに学食の席と生徒の数が足りていない。
3年生と4年生は講義が少なくなるので、あまり学食を使うことはないかもしれないが、1年生と2年生はまだまだ必修科目も多く、嫌でも大学に来て講義を受けなければいけない。
必然的に午前と午後に講義があれば、学食を使うのも必須になる。
それにしても生徒の数に対して席の数がおかしい。
大学の経営や運営に対して文句を言いたい気持ちはあったが、この混雑した空間のなかにいると、席を取るのに必死になっていつしか忘れてしまうものだ。
それが大学側の狙いなのだろうか。
席を確保するには昼の鐘が鳴ったと同時にダッシュしないと間に合わないくらいだ。
僕のせいで遅れをとったこの3人組の席はない。
「やっぱり学食すげえなぁ」
「混んでるなー。席増やせばいいのになぁ」
「ほんとだよなぁ。奇跡的にどっか空かないかなぁ」
「んー、絶望的だなー」
タケシとミキオが二人で会話しているのを僕は聞いていた。
あたりを見渡しても学生しかいない。
それも僕らと同じように席を探している学生ばかりだ。
「でも学食安いし、外で食うにはバイトの給与日まだだし、どうする?」
僕らは午後にも講義があるし、続けて2コマあるので、ここでごはんを食べないわけにはいかない。
お腹が空いて、大講義堂で腹の虫の音を響かせる羽目になってしまう。
3人でキョロキョロと空席を探し続けること約3分ほど経ったときだった。
ちょうど目の前の四人がけのテーブルからひとが立ち上がった。
恐らく3年生か4年生だ。
卒論の資料をかばんにしまっているのが見えた。
「よかったらどうぞ」
背が高くすらっとした黒髪の女性三人がにこりと笑って席を譲ってくれた。
「あ、すんません、ありがとうございます」
3人でぺこぺことお辞儀をしながら、ありがたく席に着いた。
男3人が、いま席を立った美女たち3人を見送った。
「いまの英語科の先輩だよな」
「ああ、社交ダンス部の先輩たちだよな」
「英語科はやっぱり偏差値高いよなぁ~」
タケシがうっとりとした声色で、わりと大きな声で言ったと思ったら、すぐに顔を真顔に変えて僕の顔を直視した。
「なんだよタケシ」
すると、アイコンタクトで左側を差した。
タケシに沿って左側を見ると、見慣れた女の子が3人がとなりの席に座ってごはんを食べていた。
(なるほど)
その見慣れた女の子たちは、僕らと同じ英語のクラスの子達だった。
なぜ僕が女の子の顔を覚えているかというと、「あの」瓜生有実といつも一緒にいるグループだからだ。
しかし、そこに有実ちゃんはいない。
3人ともそれぞれ個性があって、どこかの雑誌のモデルをしていてもおかしくないルックスだ。
華の英語科と言われる代表格の四人組なのだ。
有実ちゃんももちろん、すごくかわいい。
華の英語科の中でも群を抜いて美しい。
黒髪は肩まで豊かに延びていて、笑ったときの目元のゆるみとか、意思の強さが伝わる瞳とか、それこそ漫画かアニメの世界から出てきました、といった理想のヒロイン像だ。
ただ、僕が有実ちゃんを好きな理由はルックスだけじゃないのだが。
僕が好きなのは…
「ヨージ!なに食う!買ってくるから、席番よろしく!」
タケシが威勢よく立ち上がる。
「あ、え、あー。わかったよ。じゃあ、きつねうどんで」
「おいおいまたかよー。もう三日連続だぞ。まぁ、いっか」
タケシはさきほど大声で英語科を称えて、その称賛がとなりの英語科の3人に聞かれていたのを知って居たたまれなくなったのだ。
まぁ、人混みで並ぶよりここで待ってる方が、いまの僕のコンディションとしてもよい。
タケシに250円を渡して、ミキオと二人で人混みに向かっていった。
僕は見えなくなるまでぼんやりと視線だけで見送った。
となりの英語科の3人組は圧倒的に沈黙していた。
ただでさえひとが多いざわざわした学食だから何を話しているのかまではわからないけど、たまに講義の話とか、バイトの話とか、サークルの話をしているようだった。
この3人組の空気の重さは、有実ちゃんが行方不明であることに間違いはないだろう。
いつもグループの中心にいるような有実ちゃんという指針を失った羅針盤は、どんなに強い三人でも耐えられないものがある。
僕も三人の気持ちを思うと居たたまれなくなって、グレーのパーカーのポケットにある携帯電話を取り出した。
いろいろあったが、復活した僕の携帯電話だ。
あの日、有実ちゃん失踪の事実をニュースで知ったあの夜、電源がオンになり無事に使えるようになった。
有実ちゃんが乗り移ったのではないかとも一瞬血迷った想像したこともあったが、ただの充電不足だったみたいで、いまは過不足なく使えてる。
落とした衝撃で、あの謎の着信履歴はデリートされていたが、なんの支障もない。
なんとなく携帯電話でニュースを見る。
となりの英語科の3人は、最近都内でできたパンケーキ屋の話をしているらしかった。
パンケーキ、渋谷、生クリームというキーワードが断片的に聞こえてきた。
なんとなく目で追っていた画面のなかで、全国ニュースに僕の町の名前があった。
女子6人失踪事件 犯人・証拠依然見つからず
有実ちゃんがいなくなってから早3日。
その間、僕はいまでも普通に生活をしている。
ようやくうどんくらいなら、胃に入れられるくらいに回復した。
しかし、当の有実ちゃんやご家族はそんなものでは澄まされないだろう。
一体、有実ちゃんはいまごろどこにいて、何をしてるのだろう。
瓜生姉は、その芯の強さから引き続きニュースキャスターを続けており、その知名度を活かして捜索に協力をしているようだった。
ニュースはそう締め括り、何の進展もないまま終わった。
僕に何かできないか。
僕にでもできることはないか。
考えてばかりで、特技も人に自慢することもない僕には何ができるんだろう。
有実ちゃんのことは人並みに好きではあるが、それは一般的な大学生の恋愛のように手を繋ぎたいとか、恋人になりたいとか、もっと踏み込んだ関係になりたいとか、そういう恋愛ではない。
僕はただ彼女を好きでいれれば良い。
こんな奴に何ができるんだって言うんだ。
有実ちゃんもきっと助けてくれる人は選びたいだろう。
携帯電話の画面をオフにして、黙ってきつねうどんを待つことにした。
その時だった。
「あの…」
急に女のひとの声がした。
「え?」
思わず声が出て、声のする方を振り向くと英語科の3人組がじっと僕の方を見ていた。
「ヨージくんだよね?英語のクラス一緒なんだよ」
手にお弁当箱をと箸を持ちながら一人が話しかけた。
「あ、あぁ。うん、分かるよ。何回かペア組んだよね」
英語のコミュニケーションワークのときに何回かペアになったことを思い出していた。
「うん、そうそう、覚えててくれたんだ」
「うん、覚えてるよ」
ほっとしかた表情を三人が見せた。
「えーっと、それでね、ヨージくんに折り入ってお願いがあって…」
ためらいがちにひとりの女の子が言う。
「僕に?」
なんだろう。
英語の小テストの答案か?
余ったお弁当のおかずを食べてほしいとか?
それかタケシかミキオのどちからに気があって、連絡先を交換したいとか?
それなら喜んで引き受けよう。
「もし良かったら協力をして欲しいんだ」
「協力?」
「うん、協力…」
もじもじと言葉を選んでいるようだった。
そうすると見かねて別の女の子が代わりに言った。
「有実の捜索の協力をお願いしたいの」




