第9話 原作どおりの恐怖が、日曜日にやってきました
春楡の広場に、祈灯祭の小さな冠が運ばれた。
本番まで四か月。王都から巡回する灯術師が、地方の灯具を確かめるための予行だった。
フィンは、綿菓子よりも、紙の風車を見ていた。
ペトラが黄色いものを持ち、彼は灰色を探した。
そんな色はなかったので、青を選ぶ。
私は木陰で待ち、エルンスト先生と屋台のパンを半分にした。
「教室では、どうですか」
「ペトラとよく喧嘩をしています」
私はパンを落としそうになった。
先生は笑った。
「隣の席を誰が片づけるか。縄跳びを、どちらが先に使うか。普通の喧嘩です。最近は、言い返せるようになりました」
遠くで、鐘が鳴った。
灯術師が、台の上の冠へ白い石を入れる。
光が、広場へ広がった。
きれいだと思った。
その次に、フィンの風車が止まった。
少年は、左手首を押さえていた。
足元の影が、雨の水たまりのように広がる。
「先生」
言い終える前に、エルンストが走った。
灯術師へ、停止を求める。
返事は、光を浴びた観客の拍手へ消えた。
フィンの影が、屋台の脚へ届いた。
白い光がそこへ吸い込まれ、空気が、急に冷えた。
ペトラが手をつかもうとした。
私は彼女を引き寄せた。
「フィン、私を見て」
少年は目を閉じていた。
手首を掻く。爪の跡が、肌へ残る。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
地面が震えた。
紙の風車が、台からいくつも落ちた。
あの挿絵が、頭へ浮かぶ。
黒い城を包む影。崩れた街。泣く人たち。
私は一歩、止まった。
その一歩を、フィンが見た。
私の顔を見て、さらに影を伸ばした。
エルンストの声が響いた。
「灯晶を外せ! 冠を切り離す!」
白い線が、彼の杖から台へ走った。
冠の光が二つに分かれ、空の灯具へ流れた。
最後の灯晶を術師が外したとき、広場の明るさが元へ戻る。
私は膝をつき、フィンの両肩へ手を置いた。
「終わった。光が止まったわ」
息は速いままだった。
少年が震え、私の手から離れようとする。
私は追わず、片手を前へ出した。
「触ってもいい? ここへ座ろう」
やっと、うなずいた。
影は、ゆっくり薄くなった。
地面に落ちた風車が、一つ回った。
ペトラが、拾って私たちの近くへ来た。
「フィン、頭が痛いの?」
少年は、答えられなかった。
広場の端では、誰かが魔物の力だと言っていた。
別の人が、灯具を急に明るくしすぎた、と返した。
私はすべての声を止められなかった。
医師の診察を受け、屋敷へ戻った。
大きな怪我をした人はいない。
倒れた屋台への補償を決め、先生と術師が灯具を調べる。
フィンは、自室で風車を机へ置いた。
「もう、学校に行かない」
私は椅子を引いた。
「今日は休みましょう。次のことは、先生と調べてから――」
「ぼくが、こわかった?」
返事が遅れた。
私は、嘘をつけば彼が信じると思った。
あの一歩を、なかったことにしたかった。
「怖かった。何が起きているか、わからなかったから」
フィンは布団へ顔を伏せた。
「でも、あなたを一人にしたくなかった。遅くなって、ごめんなさい」
少年は、何も言わなかった。
私は言葉を重ねず、椅子へ座った。
風車は、もう回っていなかった。
夕方の窓を少し開けると、青い羽根が、かすかに動いた。




