第10話 破滅を避けたい私と、この子を育てたい私
翌朝、フィンは私を見ずに挨拶した。
椅子へ座り、パンを二口だけ食べる。
上着の中へ残りを入れた。
一週間前には、もう隠さなくなっていたのに。
私は何も言わず、包む布を近くへ置いた。
先生が来たとき、フィンは部屋から出なかった。
授業は休みにし、扉の外で、新しい葉を一枚置いていく。
エルンストは、応接室で私と話した。
「巡回の冠は、設計より強い出力でした。しかも、止める線が一つ欠けていた」
「フィンにだけ、あんなことが起きたのは」
「夜の魔力が、過剰な光を受け止めたのだと思います。ただ、受け止める量が大きすぎた。彼が全部悪い、とする結果にはなっていません」
私は頷き、日記帳を閉じた。
先生の視線が、その表紙に触れた。
「アデルさんは、何を怖がっていますか」
胸が詰まった。
本に書かれた国の破滅、と言えば信じてもらえるだろうか。
前世の記憶を、何で証明するのだろう。
私は長く黙り、言えることを選んだ。
「あの子を迎えたとき、私は先に、悪い未来を想像しました。それを避けようとして、暮らし方を変えたんです」
部屋の窓に、私の姿が映っていた。
「昨日、その想像を思い出しました。フィンが苦しんでいるのに、今の子どもより、そちらを見た」
先生は、すぐ励まさなかった。
その沈黙に、少し救われた。
「私も、宮廷を離れた理由の一つは、怖かったからです。危険だと訴えても、発表の予定は変わらなかった。失敗して誰かを傷つける前に逃げた」
彼は、手を机へ置いた。
指に、古い火傷の線があった。
「離れた後も、装置は動いていた。昨日、同じ種類の事故を見ました。だから今回は、記録を集めます。怖くないことにするより、そのほうができる」
私は帳簿と日記を、別々に置いた。
原作の記憶は、私だけの情報だ。
それを理由にして誰かを罰したり、フィンを閉じ込めたりすることはできない。
現実で確かめたことを、積み上げる必要があった。
夕方、少年の部屋へ行った。
紙へ、小さな字を書いていた。
ごめんなさい。
何枚もあった。
私は机の前へ膝をついた。
「誰に渡すつもり?」
「みんな。学校にも」
私は一枚を手に取った。
字を覚えたばかりの指で、ここまで書いた。
「昨日は驚いた人がいた。壊れた物もあった。そこは、大人も一緒に話します。でも、痛かったことまで、ごめんなさいにしなくていい」
フィンが、鉛筆を強く握った。
「アデルさま、もう、ぼくを好きじゃない」
私は、頭に浮かんだ言い訳を止めた。
そんなはずはない。伝わっていると思った。
どちらも、彼には届いていなかった。
「好きよ。昨日も、今日も」
声が、少し震えた。
「怖いことが起きたら、どうするかを覚えたい。あなたにも、私にも。昨日の私が、全部うまくできたとは思っていない」
フィンは私の肩を見ていた。
そこへ、ゆっくり額をつけた。
私は、背中へ手を回した。
「今日は、ここで食べたい」
「ええ。ミラと相談して、小さな卓を運びましょう」
彼は、その夕食のパンも少し残した。
けれど包みを隠さず、卓の上へ置いた。
自室へ戻り、私は日記へ一行書いた。
フィンは今日、煮豆を嫌いだと言った。
処刑の予定を記した頁の、反対側だった。
私が知りたい人生は、少しずつそちらへ増えていた。




