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第6話 婚約者が来ましたが、家族の食卓は空けません

王太子の訪問は、前日に知らされた。

春楡へ来る途中に立ち寄る。昼食を用意しておくように。

同じ手紙へ、フィンを別室に下げることも書いてあった。


私は、食卓を二つ用意した。

ローデリク殿下を迎える小広間と、私たちが普段食べる部屋。

昼食は、普段の部屋で先に済ませた。

フィンは最近、煮豆を一粒ずつ数える。

七粒で終わったかと思うと、もう一粒戻して、八つ、と言った。


「豆も、宿題なの?」

「ペトラが、八つ食べられたって」


私は殿下の到着予定を忘れ、八粒目を待った。


馬車の音で、ミラが小広間へ案内してくれた。

殿下は美しかった。

原作の挿絵よりも、目鼻立ちがはっきりしている。

彼が聖女マリアを選ぶ場面を、私は前世ではうっとり読んだ。

今、その人が、私の用意した茶を見ている。


「君も変わったな。寄付した子を、ずいぶん可愛がっているそうじゃないか」

「寄付したのではありません。暮らしを引き受けました」

「言い方は何でもいい。王家への灯晶の提供は、予定どおり頼む」


灯晶。白い魔力を蓄える石。

叔父の説明では、屋敷の術具で作っていることになっていた。

私はまだ、帳簿を全部受け取っていない。


「実態を調べています。私の署名で出す以上、確認が必要です」


殿下が、ようやく私を見た。


「叔父上が長く管理してきた。問題はなかろう」

「子どもが鎖をつけて来ました」

「躾の必要な者もいる」


その返事が、速かった。

私の腹の奥で、冷たいものが動いた。


小説の中では、王太子の判断は正しかった。

意地悪な令嬢が何を訴えても、国のために退けた。

けれど今、彼は調べる前に答えを決めていた。


「それを判断するため、私は医師に見せ、記録を残しました。院にも問い合わせています」

「アデル。慈善に夢中になるのはいいが、私の婚約者としての役目を忘れるな」


窓の向こうで、フィンとミラが庭へ出た。

ムクは、少年の後ろを少し離れて歩いている。

殿下は白い尾を見た。


「魔物まで飼っているのか」

「保護を引き継ぐ手続きをしています」

「そんなものと子どもに気を取られて、王都へ出てこないとは」


私は、膝へ重ねた指を解いた。

原作を知った日から、婚約をいつ解くか、考えていた。

ただ逃げたいと訴えれば、叔父へ管理を戻される恐れがある。

今はまだ、領地の金と書類を、自分の手へ取り戻す途中だった。


「祈灯祭の前に、王都でお話ししたいことがあります。婚約の条件についても」


殿下の顔が硬くなった。


「誰かに知恵をつけられたのか」

「私が考えました」


自分の考えを自分の名で言う。

それだけで、心臓が速くなるのが腹立たしかった。


彼は茶へ口をつけず、帰った。

私は出入口まで送り、馬車が門を通るのを見た。


普段の食堂へ戻ると、フィンの椅子が空いていた。

ミラと廊下を探す。

少年は小広間の裏の納戸に立っていた。


「どこへ行っていたの」


言った瞬間、彼が両手を上げた。

私は声を落とした。


「心配したの。ここへ来た理由を、聞いてもいい?」


彼は、暗い壁を見た。


「王子さまが来たら、見えないところにいなさいって」


叔父のところでも、院でも、そうしてきたのだろう。

私の屋敷でも同じだと思った。


私は納戸の前へ座った。


「王子さまは帰った。ここでは、あなたの椅子を空けなくていい」


その日、まだ食べていなかった菓子を一緒に食べた。

殿下用の銀皿ではなく、いつもの小さな皿で。

フィンは八粒の豆の話を、もう一度、最初からしてくれた。

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