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第5話 もふもふは、魔王より先に家族になりました

ペトラを庭へ招いた日の午後、垣根が白く動いた。


「雪!」


彼女が叫んだ。

春の終わりだった。雪の降るはずはない。

けれど、白いものは丸まり、木の根元へ隠れた。


狐だった。

尾が、二本ある。


フーゴが子どもたちを下げた。

エルンスト先生も手を止め、垣根の脇に膝をつく。


「冬狐だ。まだ若い。前足を痛めているな」


本では、北の森に住む魔物の一つだった。

フィンの配下に、銀の狐がいた気もする。

私はその曖昧な記憶を飲み込んだ。

今は、庭へ迷い込んだ小さな生き物だ。


先生が布を広げると、狐は歯を見せた。

その後ろで、フィンの影が、木の根へ伸びた。

触れる前に、狐が鼻を動かす。

唸り声が、少し低くなった。


「フィン。もう少しだけ、そのまま」


先生は頼み、私へ子どもの様子を見るよう言った。

頬の色は、変わっていない。

少年が指を引いたとき、狐も尾を畳んだ。


二人で布の上へ誘導し、魔物を診る獣医を呼んだ。

私は茶会用の手袋を泥へつけ、狐の後ろへ木箱を置いた。

ペトラが、可笑しそうに見ている。


「伯爵さまの手袋、だめになった」

「そうね。もう茶会には使えないわ」

「お母さんも、小麦粉の袋を支えたら、よそ行きが白くなった」


私は手袋を見た。

よそ行きが汚れるほどのことを、今までしただろうか。


狐は治療の後、客室の隣の小部屋で休むことになった。

森の管理人にも知らせる。

母狐を探したが、近くの罠場で死んだ個体がいたという。すぐ野へ戻せる状態ではなく、保護を引き継ぐ相談が始まった。


翌朝、フィンが部屋の前に座っていた。


「ムク、だって」


誰に言われたのかと思ったら、ペトラが名前を考えていったのだという。

狐は小さな白い塊になって眠っていた。

よく似合う名前だった。


先生は、フィンの影が消えた後の床を測っていた。

白い石を近づける前に、今度は少年へ説明する。


「痛くする道具ではないよ。嫌なら、離れたところで測る」


フィンがうなずくまで、待った。

石の光は、狐の眠る部屋の前で少し弱くなった。


「夜の魔力は、光を全部消すんですか」


私が聞くと、先生は首を振った。


「冬狐は、明るさが強すぎると眠れない。周りの魔力を静める性質がある。フィンの力も、それに近いのかもしれない」


窓の外では、庭の花が朝日を浴びていた。

光があれば、何でも育つと私は思っていた。

けれど、夜が来なければ休めないものもある。


フィンは、先生の帳面を覗いた。


「ぼくの影、ムクを痛くしなかった?」

「うん。少なくとも、今測った間は。次も同じか、少しずつ確かめよう」


少年は、ようやく肩を下げた。


「じゃあ、また、眠るところ作る」


部屋の前で座り続けないよう、時間を決めた。

狐の食事は獣医に聞き、子どもが勝手に手を出さないよう話す。

可愛いから抱いていい、ということにはしなかった。


それでも三日後、ムクは自分で部屋の戸口まで来た。

フィンの靴へ鼻をつけ、その横で丸くなった。


少年が、笑った。

ほんの少し、歯が見えた。


私はそれを見てから、叔父へ返す手紙を封じた。

領内の孤児院と、子どもの受入れに使われた費用を確認したい。

以前の私なら、使者へ渡す前に叔父の機嫌を考えた。

その日は、ムクが目を覚ますまでに仕事を終えよう、と考えていた。

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