第4話 初めての友だちは、悪役令嬢にも遠慮がありません
学び舎への道で、フィンは三度、私の手を握り直した。
校門が見えると、四度目。
私は歩く速さを落とした。
「今日は、教室を見て帰るだけでもいいわ」
「勉強、しないと」
「そのために来たのよ。でも、どんな場所かを知るのも、今日の勉強」
母親らしく聞こえただろうか。
そう気にしてしまう自分が、少し恥ずかしかった。
私にはまだ、彼と並んで歩くときの正しい言葉がわからない。
教室で、ベルタ先生が待っていた。
四十歳の、声のよく通る女性だ。
エルンスト先生は、奥で窓を開けている。
「フィンね。ここへどうぞ。アデル様も、しばらく座っていて構いません」
椅子は、家の食卓より小さい。
フィンの足が、初めて床へ届いた。
隣の女の子が、すぐ話しかけた。
「あたし、ペトラ。粉屋の子。あなた、何屋?」
フィンは答えられなかった。
伯爵家の子、とはまだ言えない。
私は口を開きかけたが、ペトラが次の質問をした。
「何色が好き?」
「……灰色」
「石と同じだ。あたしは黄色。卵の黄身」
そこで、話が続いた。
二人は色鉛筆を分けた。
フィンが全部ペトラへ渡そうとすると、彼女は半分を押し戻した。
「全部だと、そっちの絵ができないよ」
少年は、その理由を考えているようだった。
私は教室の後ろで、袖の中の手を握った。
昼前、子どもたちは庭へ出た。
フィンは、私の膝へ戻ってきた。
ひどく疲れた顔だったので、今日は帰ろうか、と聞く。
「絵が、まだ」
灰色の鉛筆で、四角い家を描いていた。
窓は一つ。扉はなかった。
ペトラが走って戻ってきた。
「ねえ、伯爵さま。フィン、明日も来る?」
「ええ。来たいと思ってくれたら」
「来る!」
フィンより先に答えたので、私は笑ってしまった。
ペトラは私の顔を見て、不思議そうに首をかしげた。
「怖くないね」
教室の空気が、一瞬止まった。
ベルタ先生が、彼女の名を呼びかける。
私は首を振った。
「怖いと思っていた?」
「だって、門を閉めてたから。前、花を見たかったのに、入ったら怒られるって」
覚えていた。
二年前、庭の花壇を荒らされ、私は門番へ、子どもを入れないよう命じた。
それ以上、何も考えなかった。
花が大事だった。
その向こうにいた子の顔は、見なかった。
「花を踏まれたくなかったの。今度、道を決めて見に来てもらえるようにするわ」
ペトラは、すぐうなずいた。
「フィンの家に、行っていいんだ」
フィンの指が、私の袖へかかった。
私はその手を、そっと包んだ。
帰り道、彼は絵を曲げないよう両手で持った。
屋敷へ着くと、ドロテが迎えた。
「お帰りなさい。今日はどうでした」
フィンは返事を探した。
探して、絵を見せた。
ドロテは顔を寄せた。
「うちの窓に、似ていますね」
「……扉も、描く」
少年は、部屋へ戻る前に机へ向かった。
灰色の家に、黄色い扉がついた。
私は庭師のフーゴを呼び、花壇の間の道を広げる相談をした。
未来の断罪を避ける大仕事ではなかった。
でも、次に誰かが来たとき、門を開ける用意にはなった。




