第3話 家庭教師は、ラスボスにも宿題を出します
春楡の学び舎から来た教師は、私よりも先にフィンへ挨拶した。
「エルンスト・ハイムです。君の魔力を、少し見せてもらってもいいかな」
灰色の外套。茶色の髪。銀縁の眼鏡をかけた、三十歳の男だった。
宮廷で働いていた、とミラに聞いていたので、もっと威張った人を想像していた。
彼は持ってきた鞄を開け、木の葉を二枚、机へ並べた。
「どちらが好き?」
フィンは、私を見た。
「私ではなく、あなたが選んでいいのよ」
少年は、小さなほうへ指を伸ばした。
葉の下に、黒い影が集まった。
窓から入る風で揺れていた葉が、机へ静かに落ちる。
エルンストは、眉を上げた。
「……夜の魔力か」
その言葉に、私は姿勢を変えた。
原作では、闇の力と呼ばれていた。
憎しみを食べ、国を飲み込む力。
「危険ですか」
「今は、大きすぎる出力がありません。ただ、扱いを知らないまま強い灯術に触れると危険です」
彼は鞄から、白い石を取り出した。
フィンが肩をすくめたので、机へ置く前に手を止める。
「これは使わない。しまうね」
石を鞄へ戻した。
何を嫌がったかを、叱らずに確かめる。その動きが、私には新鮮だった。
「先生は、夜の魔力を教えられますか」
「私は光の測定と分配が専門です。夜を作ることはできません。だから、できたつもりで教えないようにします」
フィンは、葉を見ていた。
手を膝へ戻そうとしたので、エルンストが声をかける。
「もう一度やってみる? 疲れたら、終わりにしよう」
二度目には、葉の縁が黒くなった。
彼が指を引くと、色は戻った。
先生はそれを帳面へ書き、今日はここまで、と言った。
「次までの宿題は、好きな葉を一枚探すこと」
フィンの顔が曇った。
「きれいじゃなかったら」
「君が好きなら、それでいい」
「できなかったら」
「探せなかった、と教えて。別の宿題にするから」
教師が帰る前、私は廊下で引き止めた。
「もっと厳しくしなくても、いいのでしょうか」
言ってから、自分の声に驚いた。
原作のフィンは、とてつもない力を持つ。
今、扱いを覚えなければ。その考えが、私の口を急がせていた。
エルンストは、教室の扉へ目を向けた。
「厳しくする目的が、何かによります。今は、失敗したら叩かれると思っている。間違いを隠すようになるほうが、魔術では危険です」
私はうなずいた。
彼の言葉には、私の知らない事故の重さがあった。
「明日も来られますか」
「来られます。ただ、ずっと一人で教えるより、学び舎へ通えるようにしたい。文字も計算も、魔力の外にあることを覚えてほしいので」
窓の向こうで、フィンが庭へ出ていた。
ミラに見守られ、葉を一枚ずつ見ている。
一枚取って、戻し、また別の一枚を取った。
「今は、あれで十分です」
先生は言った。
私は、選べずにいる少年を見た。
原作の魔王は、何でも決められる男だった。
目の前のフィンは、葉一枚のために、夕日が傾くまで迷った。
やがて、虫の食った葉を持ってきた。
「これ。穴が、星みたい」
私はそれを、明日の授業で使う台へ置いた。
どこも食われていない葉を代わりに用意するのは、やめた。




