第22話 先生ではなく、あなたを好きになりました
エルンストの休みの日に、私は河岸へ出かけた。
フィンはペトラの家へ行き、粉の袋からパンができるところを見ている。
行き先を自分で楽しみにするようになった。
私は何度も時計を見ずに済む、初めての午後をもらった。
先生は、橋の前で待っていた。
鞄を持っていない。
眼鏡をかけ、少し落ち着かない顔をしている。
「今日は、水車の話を用意しませんでした」
私は笑った。
「それは少し、残念です」
彼は目を見開き、それから笑った。
私たちは川沿いの道を歩いた。
秋に近い風が、夏の葉を裏返している。
塔の事故が終わってから、私は何度も彼の手を見た。
あの日、返事をしない人を抱えていた時間が、長く感じられた。
もう会えなくなるのかと思った。
その怖さを、ただ教師を失う心配とは呼べなかった。
「フィンが家族になりました」
話を始めると、彼はうなずいた。
「嬉しかった。けれど、私はそのことで、自分の暮らしが全部決まったとは思っていません」
私は足を止めた。
決まったと言えば、もっと立派な母親らしかっただろう。
でも、子どものためにしか生きないと誓えば、いつかそれを彼へ背負わせる気がした。
「絵を描きたい。庭を広げたい。あなたと、こうして歩きたい」
言ってから、恥ずかしくなった。
先生は、私の前に立った。
教室の口調ではなかった。
「私も、アデルと歩きたい」
初めて、呼び捨てにされた。
川の音が、急に遠くなった。
「フィンの先生として、お手伝いしたいことはあります。でも、君に会う理由を、ずっと授業にするつもりはありません」
彼は、自分の手を見た。
「塔の後、君が茶を持ってきたでしょう。眠るまで待ってくれた。私は、また来てほしいと思った。具合の悪いふりをするのは、さすがにやめましたが」
私は声を出して笑った。
彼も笑い、言葉を続けた。
「好きです。子どもへ向ける顔も、帳簿で眉を寄せる顔も、花の絵を選ぶときも」
私は返事を、考えてはいなかった。
もう決まっていた。
「私も、好きです」
手を差し出すと、彼が取った。
今度は、馬車が通るからではなかった。
彼の指が、私の頬へ触れる。
私は少し近づいた。
唇が触れた。
短くて、ぎこちなくて、私は彼の上着をつかんだ。
離れると、二人ともどこを見るか迷った。
「……この橋を、授業で使うのは難しくなりました」
彼が言い、私は肩へ顔を隠した。
笑いすぎたので、帰宅したとき、ミラにすぐわかった。
数週間、私たちは二人で出かけ、家でも食卓を囲んだ。
その後、結婚について話した。
屋敷へ来れば、先生は父親の役目も負うことになる。
私の伯爵の仕事と、彼の学び舎の仕事を、どちらも続けるつもりだった。
フィンへ話したとき、少年は黙った。
「先生が、お父さん?」
私はうなずいた。
「そう呼ぶかは、ゆっくりでいい。今の呼び方でもいいわ」
「お母さんは、変わらない?」
「変わらない。部屋も、学校も、そのまま」
少年は、しばらく考えた。
「ムクの椅子が、なくなる?」
エルンストが、その質問へ真剣に答えた。
「椅子は、増やします。ムクは、たぶん床を選ぶけれど」
フィンは、私の手と先生の手を見た。
「先生、また、帰ってくる?」
彼は、少年の前へしゃがんだ。
「一緒に暮らすようになったら、仕事からここへ帰ります」
返事は、その夜すぐには来なかった。
翌朝、フィンが自分の絵へ、先生の鞄を一つ描き足した。
玄関の中に、置いてあった。




