第21話 フィン・ヴェルナー。ただし、お母さんは二人います
正式な養子縁組の書類には、いくつも質問があった。
家を継がせる予定。教育の費用。もし私が死んだときの養育先。
私は、最初の受入書を読んだ日より長く、机へ座った。
家を継ぐかどうかは、今、七歳の彼に決めさせたくなかった。
その場合の扱いを、担当者へ相談した。
養子になれば、伯爵の仕事をしなければ捨てられる。
そんな約束にしたくなかった。
書類をそろえた後、フィンへ話した。
ミラと保護担当者が同席した。
少年が私の顔だけを見て返事をしないよう、先に、担当者と話す時間も設けた。
「ここで、家族として暮らしたいと思っています。フィンは、どう思う?」
彼は、手を膝へ置いた。
今まで何度も練習した、きちんと座る姿勢だった。
「ヴェルナーになると、リナはいなくなる?」
私は首を振った。
机へ、彼の青い糸の布を置いた。
「いなくならない。リナさんの息子であることは変わらない。そのうえで、私の息子としても、記録するの」
フィンは、担当者を見た。
その人も、同じことを説明した。
生まれた記録は、消さない。
家族になる前のことを、隠す必要もない。
「お母さん、二人?」
「そうね」
「たくさんだね」
言った本人が、少し笑った。
私は、やっと息をついた。
「学校で、字を間違えたら」
「家族ではなくなることはない」
「お母さんに、怒ったら」
「話し合う。私が間違えたら、謝る」
「ムクが、寝台に毛をつけたら」
私は、少し考えた。
「一緒に、毛を払う」
フィンの肩が、揺れた。
担当者まで笑った。
ようやく、彼が背中を椅子へつけた。
その日は、返事を急がなかった。
翌日、彼は私の部屋へ、自分から来た。
「フィン・ヴェルナーって、書きたい」
私は新しい紙を出した。
字を並べる前に、彼を抱いた。
彼が私の肩へ頬を押しつけ、しばらく離れなかった。
手続きが終わると、屋敷で小さな祝いをした。
ドロテのりんごは、母リナの味ではなかった。
もう、それを言うことを誰も怖がらなかった。
先生は、少し遅れて来た。
包みをフィンへ渡す。
中には、丈夫な鉛筆が三本入っていた。
「名前をたくさん書くと思ったから」
少年は一本を私へ出した。
「お母さんも、書いて」
机の上に、二つの名前が並んだ。
アデル・ヴェルナー。
フィン・ヴェルナー。
彼の字は、ところどころ、大きすぎた。
それが、私の名前へくっついた。
私は直さなかった。
夜、彼が寝つくまで、部屋の椅子へ座った。
正式な紙ができても、灯りを消すのはまだ怖い。
祝いの日だからと、急に平気にはならなかった。
フィンは枕の脇の布を、自分で畳んだ。
その隣へ、新しい鉛筆を置く。
「お母さん」
「はい」
「明日も、いる?」
「明日は朝から、ここにいるわ」
私はその日の約束をした。
何年も先の、完璧な家族を用意したわけではなかった。
明日の朝、一緒に起きる人の名前を、今日、同じ紙へ書いたのだった。




