第19話 ラスボスのいない、最後の戦い
塔の入口には、熱い風が吹いていた。
石切場へ流れは分けられたが、南へ戻る線が残っている。
それが、屋敷の調整器を焼き始めていた。
フーゴと職人が、切替板へ届く外蓋を開けていた。
ボルトが一つ外れない。
熱で、金属が膨らんでいる。
エルンストが板の角を冷まし、職人が長い柄の工具を差した。
二人の腕が押す。
ボルトが、鈍い音を立てて落ちた。
私は蓋を押さえ、フーゴが内側を照らした。
白い術式の後ろに、図面の軸があった。
途中へ銀の欠片が挟まっている。
叔父が折った印の一部だ。
「板が閉じない。これを抜かないと」
職人が言った。
先生は、術式へ手を伸ばした。
彼が光を別の線へ流す間だけ、欠片へ工具が触れられる。
石切場から、伝令が来た。
マリアの支える幕が、長くはもたない。
術師を交代させているが、空の石が減っていた。
私は、塔の責任者へ伝える文を短く書いた。
屋敷への戻りを閉じる。
完了の合図を待ち、主軸を外す。
その間、放散を止めない。
伝令が去ると、先生が私を見た。
「蓋から離れてください」
「この蓋が戻ったら、フーゴが出られません。支えを入れるまで、押さえます」
無理をしたいのではなかった。
私が離れると、重い板が戻る。
別の人が木の支えを持ってくるまで、ここに手が必要だった。
先生はうなずき、職人と数を合わせた。
三。
二。
一。
杖の光が、右へ曲がった。
職人の工具が銀の欠片をつかんだ。
抜けない。
もう一度引く。
先生の手が震えた。
彼は杖を両手で持ち、膝を床へつけた。
私の腕へ、板の重さが増える。
肘が折れそうになった。
原作では、この国を滅ぼす男が、冠を一撃で壊した。
今、ここにはいない。
いたとしても、私は呼ばなかった。
フーゴが、支えを差し込んだ。
私の手の下で、木が軋む。
職人が工具を捻った。
銀の欠片が抜けた。
「閉める!」
二人が軸を回した。
私はフーゴの襟を引き、外へ下がった。
切替板が、最後まで動いた。
南へ伸びていた線が、消えた。
先生の杖が、床へ落ちた。
私は彼を支え、壁の向こうへ下ろした。
熱い息が、頬へ掛かった。
「エルンスト」
返事はなかった。
医師を呼ぼうと立ちかけたとき、彼の指が私の手首へ触れた。
「……閉じましたか」
「閉じた。声を出さなくていい」
塔の上で、鐘が三度鳴った。
王家の術師が主軸を外し、蓄積した石を一段ずつ切り離した合図だった。
一度に全部の光を放つのではなく、石切場へ、順に。
空の白い幕が、ゆっくり薄くなった。
私たちは、最後の箱が消えるまで、外壁の陰へ座った。
誰かが水を運んだ。
フーゴの手が、私の肩を一度叩いた。
夕方、石倉へ戻った。
フィンは、私と先生の顔を、交互に見た。
二人とも煤で黒かった。
「帰ったわ」
少年が私へ来た。
足が絡み、転びかける。
私が受け止めると、先生もその背中へ手を添えた。
「お母さん」
今度は、はっきり聞こえた。
私は返事をした。
何度でも、彼が呼ぶたびに。




