第18話 悪役令嬢ではなく、お母さんを呼んでください
屋敷の玄関に、先生の馬がいた。
南の部屋の扉は開いている。
フィンは卓の下で、ムクを胸へ抱いていた。
今度は、狐も逃げなかった。
ミラの頬に、細い血の跡がある。
割れた窓の欠片が触れたのだという。
私は布を渡し、床へ膝をついた。
「フィン。ここにいるわ」
少年の目が、私へ動いた。
次に、その足元を見る。
私の影へ、部屋の白い線が触れていた。
光は彼の影へ流れ、黒く揺れる輪を広げている。
「ごめんなさい」
何度も聞いた声が、また出た。
フィンの手首に、半月の形が浮かぶ。
先生が、部屋の壁を外した。
古い調整器があった。
屋敷へ来た日に叔父が管理を任せろと言ったのは、この装置を使うためだった。
地下室を閉めただけでは、隠れた線を見つけられなかった。
「塔の戻り先にされています。ここを急に切ると、部屋へ全部出る」
先生は、空の灯晶へ余分を流した。
卓の上の白い石が、次々に明るくなる。
一つが割れそうになり、彼が別の石へ線を移した。
「今の間に、子どもを外へ」
私は卓の下へ手を入れた。
フィンは、頭を振った。
「ぼくが、ここにいれば、止まる」
「止まっていないわ」
「院で、いつも、そうしてた」
私は言葉が出なくなった。
彼が覚えている「役に立つ」は、自分が痛いところへ留まることだった。
どれだけ暮らしを変えても、その命令はまだ残っていた。
「今日は、そうしない」
私は、彼の顔が見えるまで屈んだ。
「フィンを、ここから連れていく。私の手を取って」
光が、卓の脚を焦がした。
先生の額に、汗が落ちる。
私は自分の怖さを、少年へ見せまいとは思わなかった。
怖くても、ここへ手を伸ばす。
今は、その動きしか渡せなかった。
フィンが、片手を出した。
ムクをミラへ渡し、膝で卓の下から出る。
私はその体を抱き上げた。
以前より、重くなっていた。
廊下を進む途中、少年の影が、白い線へ引かれた。
先生が間へ入り、杖を床へ刺す。
光が一度、天井へ跳ねた。
「今です!」
私は走った。
裾を踏み、壁へ肩をぶつける。
ミラが扉を押さえた。
外の石畳まで出ると、先生が線を灯晶の箱へ閉じ込めた。
背中で、玻璃の割れる音がした。
私は振り向かなかった。
フィンが、私の襟をつかんでいた。
「おかあ、さん」
何と聞こえたのか、確かめたかった。
でも少年は泣き、もう同じことを言えなかった。
私は腕を回し直した。
「ここにいる。一緒に行こう」
次の道を、先生が測った。
南へ出れば、石倉へつながる。
ミラはムクを運び、私たちは一緒に移った。
石倉で、フィンを医師へ引き継いだ。
その手を解くときは、膝の横へ座り、どこへ行くかを話した。
塔の戻りの線を閉じれば、もう屋敷へ光は来ない。
先生たちが、そのために行く。
私も、領の人へ知らせる。
フィンは、私の袖から指を離した。
全部ではなく、一本ずつ。
「また、帰って」
私は額へ頬を寄せた。
「帰りたい。あなたと、また食卓へ座りたい」
確かな明日を、持っているわけではなかった。
それでも彼の願いは、私の願いと同じになった。
私は立ち、先生と塔への道へ戻った。




