第15話 聖冠は、奇跡を作る道具ではありませんでした
マリアから届いた箱には、灯晶の欠片が入っていた。
祈灯祭へ納められる物と同じ製法だという。
王家の調査担当者が、採取の記録もつけていた。
エルンストが、夜の庭で測った。
小さな灯具へ入れる。
使い切ったはずの欠片が、明るくなった。
「戻っている」
彼は声を落とした。
私には、線を描く針が往復しているのが見えた。
一度外へ出た魔力が、また石へ戻る。
石そのものが魔力を増やしているのではなく、周りから吸い足していた。
「普通の灯晶は、蓄えた分だけ光ります。この欠片は、その枠を越えようとしている」
先生は灯具を切り離した。
台の脇へ積んだ空の石へ、余分な光を流す。
光が消えるまで、私たちはそばへ近づかなかった。
王都の大聖冠には、同じ石が何百も入る。
殿下が地方へ納入を求め続けた理由は、冠の出力を大きくしたいからだった。
費用を節約し、短期間に石を作る。そのために、叔父の院が使われた。
夜の魔力を持つフィンは、石へ押し戻された光を、ひとりで受け止めさせられていた。
院長の記録には、少年を「調整体」と呼ぶ欄があった。
私は、それを読む途中で紙を伏せた。
「私の屋敷へ来た後も、同じことを続けるつもりだった」
原作のアデルが、なぜフィンを手元へ置いたのか。
本には、国を害する力を欲したと書かれていた。
本当のアデルである私は、引き受けた子が何をされてきたか、知らなかった。
知らなかったと言えば、消えることでもない。
先生は、叔父がまだ返していない図面を指した。
「調整用の銀印が一つ足りません。院の集光器を、遠くから動かす鍵です」
その印は、領の納入管理人へ預けられていた。
叔父の手元にある。
冠の主系統が停止しても、旧い予備の線がつながっていれば、そこから起動できるらしかった。
私は担当者へ急ぎの知らせを書いた。
王都で大聖冠を止め、春楡の集光器を切り離すこと。
図面に書かれた順番を、専門の術師に確認してもらうこと。
先生は、別の説明をフィンへした。
「君が強い光で痛くなる理由を、少し確かめられた。この庭の灯具は、あの冠と別の物だから、これまで通り小さく試せる」
少年は、机へ半分描いた鳥を置いた。
「ぼくが、止めるの?」
私は首を振った。
「その仕事を、あなた一人へ頼むことはしない」
フィンは、先生を見た。
先生も、同じ返事をした。
「大人の術師が、線を変えます。君には、その間、安全な場所にいてほしい」
少年は、すぐ安心するわけではなかった。
役に立たなければ捨てられる、という思いが、まだ残っている。
私は彼が置いた絵を取り、壁へ留めた。
「この鳥、窓の前へ飛んでいるの?」
フィンが、小さくうなずいた。
続きを説明するうちに、肩が下がった。
報告の返事が来たのは、二日後だった。
王都の大聖冠は停止。納入分の封印と、予備系統の確認を進める。
王家の調査隊が、春楡へ向かっている。
私は、その晩、久しぶりに日記の最初の頁を開いた。
祈灯祭まで、あと二か月ほど。
原作の処刑台へ向かう道ではなく、今動いている装置の線が、私たちの地図になっていた。




