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第14話 悪役令嬢にも、子どもに内緒のお出かけが必要です

婚約が終わったことを、屋敷の人たちへ伝えた。

ミラは、長く息を吐いた。

ドロテは夕食の魚を、いつもより少し大きく切った。


フィンは、私の左手を見ていた。


「なくなった」

「王子様との約束を、終わりにしたの」

「痛い?」


私は指を動かした。

指輪を外した部分が、白くなっている。


「もう痛くない」


彼は、そこへ自分の指を載せた。

ずいぶん小さく、温かい。

私はその手を取り、食卓へ歩いた。


翌週、エルンスト先生から誘われた。

町の本屋へ、新しい魔術書を取りに行く。

帰りに河岸の店へ寄りませんか、と。


私は返事をする前に、家の予定を考えた。

フィンの授業。ムクの診察。屋敷の修繕。

いつでも用事は見つかった。

先生は、私のためらいを見ていた。


「本を取りに行くのは一人でもできます。アデルさんと、歩きたいんです」


私は、机の紙を裏返した。


「行きたいです」


ミラへ頼むと、彼女は喜んで引き受けた。


「フィンは、私とも過ごせます。昼食の後に、お戻りになりますね」


少年へもそう伝えた。

先生がどこかへ連れていってしまうと考えないよう、行き先と帰る時間を言った。

するとフィンは、紙を一枚出した。


「この本、見つけて」


学校で読んだ、鳥の巣の絵本だった。

私たちは、大事な買物を一つ頼まれた。


町では、先生があまり上手に話せなかった。

授業中には次々に言葉が出るのに、私と並ぶと、橋の石の話をした。

私は古い石を見てうなずいた。

次に水車の軸の話をされ、そこで笑ってしまった。


「先生。今日は、授業ではありません」


彼も笑った。

耳が、少し赤い。


「そうですね。何を話せばいいか、わからなくなりました」

「私も、伯爵家の仕事と、フィンの話ばかりです」


本屋で、私は子どもの頃に好きだった画集を見つけた。

植物の細い線が、頁いっぱいに描かれている。

先生が、隣から覗いた。


「花が好きだったんですか」

「今も好きです。以前は、そのために誰かを庭から追い出しましたけれど」

「好きなことまで、やめなくていいでしょう」


彼は、私が選んだ頁を見た。

白い小花の集まった春楡。

私は父と歩いた庭を思い出した。

子どもを迎えたことで、昔の自分を全部消す必要はなかった。


河岸の店で、甘くない茶を飲んだ。

先生は、宮廷で働いていた頃、食事を忘れて本を読んでいたという。

私は、やはり前世でも似たことをしていた、と口にしかけて止めた。

代わりに、この世界で夜更かしして読んだ本の話をした。


帰り道、先生が手を差し出した。

狭い橋を、馬車が通っていた。

私はその手を取った。

馬車が去った後も、二人とも離すのを少し遅らせた。


屋敷へ戻ると、フィンは頼んだ絵本より、私の画集へ興味を示した。


「これ、アデルさまの?」

「ええ。私が読みたかった本」


少年は、葉を指でなぞった。


「また、花の絵を描く?」


私は答えた。

描きたい、と。


その夜、久しぶりに自分のための紙を出した。

手をつないだ橋ではなく、春楡の枝を描く。

でも、線を一本引くたびに、橋の上の手の温かさが戻ってきた。

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