第七話 勇者と父と私
「あの、王女様。従者としてこれほど喜ばしいことはないのですが、治癒士としては疑問がございまして……胎児の成長具合と妊娠の時期がおかしいなと感じておりましてですね。申し上げにくいのですが、蘇生されてすぐにお慕いされる方でもできたのかなと……。」
私がお腹を愛でながら幸せに浸っていると、治癒士の口から不穏な語句が飛び出してきて、一気に現実に引き戻された。
「……私がお慕いしているのは、勇者様だけです。今もこれからも。いいかげんなことを言わないでください。怒りますよ?」
「もももも、申し訳ございません!そうですよね、王女様に限ってそんなわけありませんものね!王女様、どうかご容赦を……!」
血の気が引いたような顔をした治癒士は瞬時にひれ伏して額を床に擦り付け、震える声でそう叫んだ。
そんなに怒ったつもりは無かったのだけれど、せっかくの良い気分に水を差されたのだ。
たまにはこうして、お灸を据えるのも悪くはないかなと思った。
でも実際、治癒士が言うことにも一理ある。
勇者との子で間違いはないが、私はあの夜を迎えたあと死んでいたのだから。
また謎をぶり返したような気がしたのだが、今はその謎を追う前にやらなければいけないことがある。
それは父に……いや、王に報告をすることだ。
世間から見てこの国には今王妃はいない、後妻を迎えた話もない、王女である私も死んだ事になっている。
王族が生まれる要素が無いに等しい。
この状況で王族の特徴を持つ子が現れたとしたら、外交上、他国になんと説明すればいいのだろう。
そんなことを考えながら私は診療室を後にし、父が居るであろう玉座の間へ向かった。
あ、治癒士そのままにしてきちゃったけど大丈夫かな。
そんなことよりこの子のことを伝えたら父はどう思うかな、喜んでくれるかな。
それとも……。
思考を巡らせながら歩を進めていたら、もう扉の前だったことに気付いた。
なんか緊張するな。
扉を叩く手に力が入る。
「失礼します、お父様。」
玉座の間に足を踏み入れると、父の目線は私を捉えていた。
「おぉ、もう体調はいいのか?心配しておったのだ。」
ん?体調?なんの話だろう?と思ったが、念の為合わせておく。
「えぇ、もう大丈夫です。公務のこと申し訳ありません。」
「ふむ、そうか。大事がないようで何よりだ。公務のことだが、突然隣国より使者があったのでな。こう言ってはなんだが、お前の姿がその場になかったことはむしろ好都合だったのだ。」
聞くところによると、体調の件については侍女が手を回していたらしい、相変わらず抜かりのない人だ。
話を合わせておいてよかった。
使者についてはというと、私の葬儀が中止になったことを不思議に思い、急遽思い立ったのだとか。
視察みたいなものだろうか。
とにかく今は父に報告しなくては……。
「あの、お父様。お父様にお伝えしたいことがあるのです……。」
なんとなく目を合わせられず、視線を落としてしまう。
「どうしたのだ、急に改まって。もしや身体に何かあったのか?」
こういう時、父の勘は鋭いように思う。
親になる、ということはそういうことなのかな。
「はい……実は、その……こ、子どもが……。」
「子ども?子どもがどうしたのだ。子ども……いや、子どもとは……まさか!」
初めは首を傾げていた父だったが、急に見開いた目が固定されたように動かなくなった。
恐らく察したのだろうけれど、子どもと聞いただけでいきなりその思考に行き着くものなのだろうか。
私の態度や言動から見抜いたのかな。
凄いなぁ、私も親になったら子どものことを分かってあげられるようになれるかな。
「はい、お父様。私のお腹の中には子どもが居るのです。」
「……な、なんということだ。蘇生のみならず、子を授かっているとは。これはもうわし一人の判断では……いや、まずは父として喜ばしいことと受け入れるべきか……。」
こんなに取り乱した父を見るのは初めてかもしれない。
口元に手を当ててはいるが、思考が口から漏れ出ている。
国を守ろうとする重圧と、父としての振る舞いに葛藤していることが見て取れる。
喜んでくれてはい……ないかな?
それはそうだ、国にとって色んな問題を重ねている娘だものね。
そう思い始めた矢先のことだった。
「おほんっ!……そうか、子を授かったか。我が娘よ、良くやった!このわしに孫ができるとはな!わしは……わしは今とても嬉しいぞ!今夜は宴だな!いや、安静にしていた方がいいのか?どちらにしてもめでたいことだな!はっはっはっはっ!」
「は、はい……!お父様、ありがとうございます。お父様はお祖父様になるのですよ。」
邪推だけれどもしかしたら、父は取り繕ってくれたのかもしれない。
でも、それでも……。
良かった……喜んでくれた。
一番欲しかった言葉を貰えたからか、胸の奥から熱いものが込み上げてきて溢れそうになる。
だが、今それを零す訳にはいかない。
私はまだ本懐を遂げていないから。
これから発する声が震えないよう呼吸を整えていると、いつもより低い父の声が耳に届いた。
「……して、父親は誰なんだ。今の状況を考える限り、まさかとは思うが。」
その視線は、獲物を掴んで離さない獣のように私の瞳をじっと捉えている。
父はきっと分かっている。
このまま、勇者のことを有耶無耶にはできないとずっと思っていた。
だから今ここで、父の誤解を解かないといけない。
「……はい。この子の父親は勇者様です。」
「やはりそう、か。」
そう言って視線を落とす父。
少しの沈黙と張り詰めた空気。
「はい、お父様。あの、私は……私は勇者様に殺されてなどいません。」
「そうか。では、どういうことか説明してくれないか?わしが納得できる説明を。」
正直まともな答えは用意できていない。
だから、あの日の夜の勇者との記憶、夢の中で俯瞰して見ていた光景、それらを誠実に伝えるしかないと思った。
私が死を覆した理由はきっと、愛するものを守るためなんだ。
私は、あの日の夜のことを父に伝えた。
勇者は私を、かけがえのないものを扱うように、愛おしむように抱きしめてくれたこと。
いつも優しい表情で私を見てくれていたこと。
俯瞰して見ていた光景の中、勇者の視線の先にはいつも私がいたこと。
そして――
「その視線の中に私は、お母様と似たものをずっと感じていました。朧げな記憶しかありませんが、お母様が私を見る時と同じ温かさを……。」
震える声でそう訴えていると、意図せず涙が頬を伝っていった。
「……そうか。お前も……。」
父は天を仰ぎ、目を瞑る。
何かを思い出そうとしているのか、時だけが過ぎていく。
私は何があってもこの子を絶対に守る。
……勇者も救ってみせる。
お腹に視線を移し愛でていると、父が口を開いた。
「そうか。そうだったのだな。」
そう言った父の顔は、先ほどまでとは違い険が取れて、穏やかな表情を浮かべていた。
「……何か思い出されたのですか?」
「あぁ、お前のその仕草を見て妻を、お前の母を思い出していた。お前が生まれた日、あいつがお前を抱いて見つめていた時の眼差しは、ただ愛おしいものを見る目だった。何も求めず、何も望まず、ただお前が生まれてきてくれたことを喜ぶ、そんな眼差しだった。」
そう語る父の目には、涙が浮かんでいるように見えた。
「そして、あの男が、勇者がお前を見る眼差しが……お前を見つめる妻と同じ眼差しだったことを思い出したのだ。お前はあの男に愛されていたのだな……。」
父はそう言って、私を抱きしめてくれた。
「はい……愛されて、いました……。」
限界だった。
涙が溢れて止まらない。
父に私の気持ちが伝わったことが、何より嬉しかった。
ひとしきり泣いた後、父は私の肩を掴んで身体を離す。
そして、頭を撫でてくれたあと、再び口を開いた。
「……わしは、頭のどこかで本当は分かっていたのだ。あの男がお前を手に掛けることなどあるわけがないと。ただ、お前が死んだことに理由をつけたかった。何かのせいにしたかったのだと思う。すまなかった……。」
そう言って頭を下げる父の肩は、震えているように見えた。
「お父様が謝ることでは……全て私が悪いのです。」
誰かが見ているわけではないが、傍から見るとおかしな光景だろうと思う。
王族の親子が頭を下げあっているのだから。
「おほんっ。とにかくだ、勇者の捜索はこれからも継続させる。あやつから何があったのか、直接話を聞かねばならんからな。それと、全くの不問という訳にもいかないだろう。兵士達に示しがつかんからな。」
「そんな、お父様……勇者様はなにも悪くなんか――」
否定の言葉を投げかける私の声を遮り、再び父が口を開く。
「風呂だ!勇者を見つけ次第、わしと風呂に入ってもらう。そこで徹底的に話を聞き出してやる!それで手打ちとしよう。はっはっはっはっ!」
あっという間にいつも通りの父に戻ってしまった。
思わず私は胸を撫で下ろす。
いつも通り、それがいい。
少なくともこれでこの子は、城内からは祝福を受けられるはず。
本来ならば国を上げて……いや、それは贅沢な望みだ。
出生を公には出来ないし、ずっと窮屈な生活をさせることになる。
だからせめて。
いつか私とこの子、そして勇者の三人で堂々と歩ける日が来ることを願おう。




