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第五話 奇跡の正体

「夢、でございますか。」


「ふむ、どんな夢を見たのだ?」


「はい、私が見た夢は――」


 目を瞑り思い返すと、瞼の裏に映像が蘇る。


 勇者と魔王の最後、それと勇者の身体に消えた光の粒。


 魔王城を後にした勇者と、その仲間たちが魔物と戦う姿。


 勇者と私が旅して過ごした日々と、あの日の夜。


 なんか……勇者のことばかりだ。


 ただ、私の知る由もない情報が含まれていたこと、私自身を俯瞰して見ていたこと、そして、まるで現実の私と同じように、あの日の夜の夢を最後に夢も途切れて、気がついたら棺の中だったことを二人に伝えた。


「――始めは走馬灯を見ているのだと思っていたのですが、私が私自身を見ていることに気がついて……これは夢ではないのかもしれない。と思いました。」


 私の話を聞いた二人は、目を大きく見開いていた。


「王女様、夢を詳細に覚えていらっしゃるのですか?」


「はい、覚えています。普段は見た夢なんてすぐ忘れてしまうのですが……。」


「そうですか。大体の方はすぐ忘れてしまうものなのですが。それに、自分で自分の姿を見ていたなんて、そんな夢の話は聞いたことがありません。死の淵から一命を取り留めた者から時折、横たわる自分を見下ろしていた。というような話を聞いたことはありますが……。」


 治癒士は怪訝そうな顔でそう答えた。


 父も同じで、いぶかしげな顔をしている。


「にわかには信じられないが……我が娘がそう言うのだ、偽りはないのだろう。だが、その場に居ないはずの出来事を視る、というのはまるで……いや、ううむ。」


 父は何か思い当たることがあるのだろうか。


 けれど、確信が持てないのだろう、視線を落とし言い淀んでしまった。


「お父様、何かご存知なのですか?」


「そんなはずは……しかし、そうだとしたら色々と説明が……。」


 思考を巡らせることに集中しているのか、私の声は届いていないようだった。


 少し寂しかった。


 もし死なずに普通に生きていたら、こんな風に思わなかったかもしれない。


「ところで王女様。王女様の仰る夢はどれも、勇者殿が関わっていますよね。突飛な話ですが、勇者殿の記憶ということはないのでしょうか?勇者殿の身体に入り込んだ光というのも気にはなりますが……。」


「はい、それはないと思います。そうだとしたら、勇者様の姿を見る。ということはできませんから。光が入り込んだのは、もしかしたら私の記憶違いかもしれません……。」


「そうですか……わからないことばかりですね。」


 再び訪れる沈黙。


 やはり、夢の内容は私の蘇生とは関係ないのだろう。


 そう結論付けようとした矢先のことだった。


「……書庫にある古い文献に、とある秘術についての記載がある。その秘術は、お前たちが今、夢と呼んでいるものの現象に酷似している。」


 真剣な眼差しでそう口にしたのは父だった。


「秘術って……太古の昔に王族が使用していたというあの秘術のことでございますか?」


 父の言葉に治癒士は、一瞬息をのむような気配を見せてそう答えた。


 秘術……私も書庫で少しだけ読んだことがある。


 私たち王族の祖が大昔に行使していたとされる、今では失われた術のことだ。


 一般的に使用されている魔法とは異なるもので、この世の理を書き換えることができる術だと記載されていた。


 ただあまりにも難しく、読めなくなっている部分も多い文献だったので、私には全てを理解することはできなかった。


「あぁそうだ。だが、今はもう秘術を使える者はおらんのだ。わしも見たことがない。行使できる者がいないのは、ここ数百年の話ではないのだろう。」


「私はてっきり絵空事かと……。」


 治癒士がそういうのも無理はない。


 魔術の研究や王城に関わりのない者は、秘術という言葉自体を知る機会がほとんどないからだ。


「お父様、私の夢が秘術に似ているというのはどういうことなのですか?」


「うむ。自分の知らない記憶を視たということ、己を俯瞰して視ていたという事象が、『遡視の秘術』の特徴と全く同じなのだ。」


 父曰く『遡視の秘術』とは、自分自身もしくは、術士が触れた対象に紐づく映像を、まるでその場にいるかのように体験することができる秘術らしい。


 詳細は不明だが、自らが過去に起きた光景を遡って視ることから『遡視の秘術』と呼ばれているとのことだった。


 だが仮にそうだとして、その秘術が私の蘇生に関わっているようには思えない。


「では、私の身体が保存魔法では説明がつかない状態だったというのは?」


 父は私の問いに対して思考を巡らせているのだろうか、斜め上の何もない空間を見つめていた。


 それから少しして、ゆっくりと口を開いた。


「うむ……何か別の秘術の可能性があるかもしれんな。」


「……確かに。例えば、時の流れが凍結されていた。と考えれば辻褄が合いますね。そのような秘術があればの話ですが。」


 時を凍らせる秘術……王宮魔術師なら何か知っているのだろうか。


 父も私も書庫の文献を全て把握しているわけではないし、全ての秘術が解明されているわけでもない。


 ましてや遺されていない秘術もあるかもしれない。


 それに、仮に時が凍っていたとしても蘇生とはまた別の話だ……。


 謎は深まるばかりだ。


 あれ、でもその前に、また不可解なことが起きているような?


「私の身に起きたことが秘術の影響だとして、誰が秘術を使ったのでしょう?」


「そうだな、当然上がる疑問だ。秘術を行使できるのは王族のみとされている。それも古代のな。」


 父の言う通りならば現代に、古代の王族の血を引き、秘術を行使できる者が存在することになる。


 そして、王族が私たち以外に存在しているのならば、金髪翠眼がその証なので目立たないわけがない。


 確証のない推論ばかりを繰り広げていると、俯いたままの治癒士が口を開く。


「……お、恐れながら、無礼を承知で申し上げます。仮に古代の王族にしか秘術を行使できないというならば、そ、その……過去にですね、お、王族の落胤の存在があった、というようなことはないのでしょうか……。」


 治癒士の言葉に父の顔が曇り、視線が鋭くなった。


「……ない。とは言い切れんだろうな。この国の民だけならまだしも、全ての民を把握しているわけではないのだ。世界に散っていった王族も過去にはいるだろう。狭い視野では物事を正確には考えられん。」


 治癒士をまっすぐ見つめてそう答えた父と、額にびっしりと冷や汗を浮かべ、安堵の混ざった息を漏らす治癒士。


 順当に考えたらその答えに行き着くのは当然だ。


 それを従者が口に出せるということは、父の人間性を理解してのことなのか、ただの無謀なのかは私には分からなかった。


 ただ、私も治癒士と同じ考えだったし、私が言うべきことだったと思う。


 あとで労っておこう。


 少しの沈黙のあと落ち着きを取り戻したのか、額の汗を拭いながら治癒士が再び口を開いた。

 

「……あの、王女様が無意識に、という可能性はないんでしょうか?」


「それはないです、絶対に。」


 私の返答に、寂しそうに視線を落とす治癒士。


 でも、その可能性があるわけはなかった。


 どういうわけか私は魔法の類が一切使えない。


 一般的に使用される生活魔法も使えないし、そもそも魔力を感知するようなこともできない。


 理由はわからないのだけれど、父も同じだったので気にしたことはなかった。


 父は治癒士には伝えてなかったのかな。


 ――それからしばらくの間、終点の見えない迷路のような議論を続けていたのだが、突如として鳴り響いた扉を叩く音をきっかけに、終わりを迎えることになった。


 その時、空は茜色に染まっていて、沈みゆく夕日は城下町に影を落とし始めていた。


「失礼します!こちらに治癒士殿がいらっしゃると聞いたのですが、いらっしゃいますか?」


 そう声を上げたのは、私が蘇生した時に治癒士を呼びに行った兵士だった。


 話を聞くと、どうやら訓練中に負傷者が出たらしく、治療をお願いしたいとのことだった。


「わかった。陛下、王女様、私はこれで失礼いたします。」


 治癒士はそう言って私たちに頭を下げ、駆け足で部屋を後にした。


 あの兵士、状況報告能力が私から見てもかなり優れているので、偵察隊か衛生兵が向いてるんじゃないかなぁと思った。


「……しかし、これだけの時間を費やしたのに、何も答えを出せんとはな……。」


 地平線に吸い込まれていく夕日を見つめながら、父はため息をついていた。


 確かにそうだけれど、私はそんな風には思わなかった。


「お父様、そんなことはないです。今日の会話で得られたものもあります。」


「得られたもの?それはなんだ?」


 父は大きく目を開いて私を見つめている。


「はい。それは、私たちでは分からないということが分かった。という事実です。」


「なんだと?くくっ……はっはっはっはっ!なんだそれは!確かにそうだな!悲観してはならんということか!」


 一度堪えたが、我慢できなかったのだろう、口を大きく開けて盛大に笑う父。


 つられて私も思わず笑みが零れる。


「ふふっ、そうですよ、お父様。それに私、生きています。生き返った理由が分からなくても、私は今を生きているのです。それでいいのではないでしょうか?」


 父は笑いながら頷き、「そうだな。お前が今を生きていてくれて、わしは嬉しい。」と言いながら、頭を撫でてくれた。


「もぅ、また子ども扱いしていますよ、お父様。」


「すまんな。親にとって子どもとは、いつまで経っても、いくつになっても子どもなのだ。許してくれ。」


 私を軽く抱きしめたあと、父は扉の方へと向かう。


 そして、「今日はもうお開きにしよう。ゆっくり休みなさい。」と言って部屋を後にした。


 あれだけ賑やかだった部屋が、一瞬にして静寂に包まれていた。


 そしていつの間にか、月明かりが窓際を照らしている。


 ……確かに謎は多く残った。


 でも、腑に落ちないというような、気持ちの悪いものでもない気がする。


 なぜなら、必ずしも分かる必要はないように思ったからだ。


 一人になって思い出したこともある。


 夢の中で感じた何かの鼓動。


 自分の心臓の鼓動だとばかり思っていたけれど、あれはもしかして……。


 私は自分の下腹部辺りに手を触れる。


 有り得ないが、絶対にないとも言い切れない。


「……まさか、ね。」

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