第一話 夢
ここはどこだろう。
私は何をしているのだろう。
気がつくと、暗闇の中にただ一人立ち尽くしていた。
自分の姿すら確認することができない、純粋な闇。
恐怖で心が折れてしまいそう。
「……勇者様。助けて。」
その声は、虚空へと消えていった。
――どれくらいの時間が経ったのだろう。
そもそも時間が経過しているのかも分からない。
このまま意識を絶った方が、楽になれるのでは……
その思考に至って間もなく、一筋の光が目に飛び込んできた。
「……あれ、は。」
光に向かって進む。
闇がまとわりついて、足が鉛のように重い。
だが、そんなことは気にも止めず、光を掴むために必死に足を動かした。
やがて視界が白に染まる。
その光の先にあったのは、勇者と魔王の姿だった。
「勇者様と、魔王……。」
世界を苦しめた魔王と、それに対峙する勇者。
死闘が繰り広げられていたのだろう、石床や壁には無数の斬撃の跡が見てとれる。
戦いの果てに決着はついたようで、勇者の剣は魔王の胸を貫いていた。
だが魔王は苦しむ様子もなく、燃えるような紅い瞳でただ勇者を見つめている。
「……すまない。」
その言葉を残して、魔王は光の粒となって宙を漂い、やがて何もなかったかのように消え去った。
かのように見えたのだが、その光の一部は勇者の身体に溶け込んでいった。
「今のはいったい……。」
そう感じた次の瞬間。
再び視界が白に覆われると、目の前に別の光景が広がっていく。
勇者とその仲間たちが、魔王城をあとにしている。
その途中、魔物の残党が行く手を阻もうとしている。
魔術師の索敵と認識阻害、神官の身体能力向上、守人による後衛の護りが勇者を攻撃に専念させ、勇者と戦士、前衛二人が魔物を蹴散らしていく。
命を預け合った仲間たちとの信頼が成せる、完成された連携だった。
「これは……私の知らない勇者様の記憶?」
その後、勇者たちは他愛のない会話を繰り広げ、王都へと凱旋した。
歓声と共に迎えられる勇者たち。
「おかえりなさい。」
その勇者たちを迎える私の姿がそこにあった。
これは誰かの記憶ではない。
その場で起きている現象を、直接視ているという感覚だった。
女神の神託を受け、旅立つ勇者と私。
初めての野営で食べたスープとパン。
小さな村での出来事。
荷馬車の上から見た流れる景色。
山道での旅と、古代神殿で見た神聖文字や壁画。
豊穣祭で食べた焼きりんごと、あの木。
今までに見た光景が、走馬灯のように流れていく。
そして、勇者と共に過ごした夜。
流れる光景はそこで途切れてしまった。
「……勇者様。」
視界は再び闇に覆われ、不安が押し寄せてくる。
でも、その不安が何かを私は知っている。
それはこの先の未来が無いということ。
ずっと、理解することを拒んでいたように思う。
「あの夜、私は死んだんだ……。」
理由は分からない。
けれど、勇者に溶け込んだあの光。
それが関係しているのかもしれない。
「勇者様……。」
勇者は今どうしているのだろう。
自分が死んだことで、追われているのではないだろうか。
でも、それを知る術はもうない。
……これは、女神様がくださった最後の時間なのだろうか。
死を正しく受け入れるための、覚悟の時間。
でも仮に、そうだとしたら。
こんなにも悔しい思いをさせるものだろうか。
こんなの、到底受け入れられない。
心の底からの否定。
愛するものの窮地に、何も出来ないなんて。
怒りにも似た生への渇望。
その湧き上がる激しい気持ちに呼応するように、身体の奥が熱くなった。
何かの鼓動。
それを認識した瞬間、再び視界が白く染まっていった。




