食事
「はむはむ……うーん!この肉の揚げ物は絶品じゃのぉ!じいさまの料理の腕は世界一じゃな!」
「そうだろうそうだろう!ほれ、もっと食いな」
「はむはむ!ちそうになるのじゃ!はむはむ!」
「……なんつぅ食欲……流石野生……」
何とか脱衣場から起き上がり、やっとこさ回復して食卓に向かうと、そこには一心不乱に飯を貪る、黒髪の『見てくれだけは』美人な妖怪が居た……
「おう!起きたかぬし!先にちそうになっとるぞ!はむはむ!」
「食べるか喋るかどっちかにしろ!ったく、泣いたり笑ったり世話しないやつだな……」
「はい。これ兄ちゃんの分のご飯」
こと……
妹の茅が、俺の目の前にご飯をよそった茶碗を置いてくれた。何とも優しい、出来た妹である。
「ありがとう茅。いただきます」
ぱくり
どっと疲れた体に、優しい米の甘さが広まっていく。
こんなに美味しいお米は久しぶりだ……どんだけ疲れてたんだ、俺……。
「おかわり!」
「はーい!兄ちゃん今日はいつもより食べるの早いね?」
「なんだかすごくお腹が空いてるんだ……誰かさんに1日振り回されてたせいでな……」
「はむはむ!はむはむ!うまい!おかわりじゃ!」
悩みの種の当の本人は、まるで疲れなど知らぬが如く、豪快に我が家の飯を食らっていく。流石は人外、スタミナや気力が、人間のそれとは桁違いだ。
「少しは遠慮ってものを知らないのかお前は」
「何を言うか!出された飯は残さず食べる!それこそ礼儀と言うものではないのかえ?」
「まぁ……そうかもしれないけどさ……」
「気にすんな楽。わしは作った飯が美人に食べられて幸せだぞ?」
「じいちゃんは本当に細かいことは気にしないんだから……まぁ、じいちゃんにご飯作ってもらってる俺が、とやかく言える事じゃないか……」
我が家の炊事担当はいつもじいちゃんが一人で担っている。何でもこだわりがあるらしく、自分の作る料理に他人が手をいれてくるのが我慢ならないらしいのだ。
そんなじいちゃんが、一人で狐森家の飯を全て平らげてしまいそうなこの狐の食べっぷりを咎めないと言うのであれば、もはや俺には何も止める権利は無い。ただただ、目の前で消えていく料理を眺めるだけである……。
「……時にじいさまよ。酒は……イケる口かの?」
「……ほほう?」
あ、マズい……じいちゃんの目が光っている……
「へっ!誰に聞いてやがる!わしはかつて、あらゆる料亭を練り歩き、全ての調理技法を身につけてきた狐森 玄だぞ?全国の老舗の、ありとあらゆるうまい酒を飲み干してきた、生粋の酒飲みよ!」
「おぉ!それは良かった!ぬしはみせーねん?とやらで酒が飲めぬと聞いたのでな。酒飲み仲間が居なくて寂しかった所なのじゃ」
ゴト!
一体どこから出したのか?さぎりは日本酒の入った一升瓶を机に置くと、これまたどこから出したのか、晩酌用の小さなおちょこを取り出した。
「ささ。まずは一杯」
とっとっと……
「おう。こんな美人に晩酌されるたぁ、男冥利に尽きるねぇ」
非常に慣れた手つきで、さぎりがじいちゃんの手にもったおちょこに、なみなみと酒をついでいった。
くい
「んぐ……っぷはぁ!うまい!こいつぁ中々の名酒だなおい」
「おお!分かるかの!中々表には出てこん酒でな、それはもう苦労して苦労して……」
「もう一杯頼めるか?さぎり様」
「もちろんじゃ。飯の恩はきっちり返すでの!」
とくとく……ぐい
「っかぁ~!染みるなぁ!ほれ、さぎり様も一杯」
とくとく
「おお、すまんの。では……っぷはぁ!たまらんの!うまいつまみもあるし、こんなに美味しい酒は久しぶりじゃ!」
一息にさぎりの名酒とやらを飲み干したじいちゃんが、矢継ぎ早にまた次の一杯を飲み干し、さぎりと共に大いに晩酌を楽しんでいた。
あんなに楽しそうに酒を飲んでいるじいちゃんは久しぶりに見た気がする。やっぱり一緒に酒を飲む相手が居たほうが、晩酌というのは楽しいものだろうか?
「はぁ、惜しいのう。こんなにうまい酒なのに、ぬしは飲めんのかえ?」
「日本は法律で、酒を飲める年齢が決まってるんだよ。俺はまだ20歳じゃないから、飲んだら犯罪だよ」
「ほう?そうなのかえ?昔はみんな、年など気にせずにがばがばと飲んでおったのになぁ……時代は変わるものじゃな」
「……お前年はいくつに……」
「おっと。おなごに年を聞くでないぞ?まぁ、ワシがもう正確に答えられんのもあるが……」
……後で調べて分かった事だが、お酒が二十歳からになったのは大正時代の事らしい……少なくとも、こいつは100年以上は生きているようだ。
「お酒ってそんなに美味しいの?狐の姉ちゃん」
「ん?茅も飲みたいか?ちょっとだけなら……」
「さーぎーりー?絶対に茅には飲ますんじゃないぞ?」
「ひっ!も、もちろんなのじゃ……な、なんじゃその怖い顔は……」
我が愛しのかわいい妹に、手を出させるものか……茅が悲しむような事をしたら、それがさぎりの最後である。俺が終わらせる。
「はむはむ……ごくん!ふぅ……ごちそうさまなのじゃ」
さぎりが手を合わせ、空になった皿に頭を下げた。
じいちゃんはいつも、飯を食いきれない程に大量に作り、余りは明日の弁当のおかずになったり、タッパーに詰め込んだりするのだが……今日の狐森家の食卓には、一つの飯も残されてはいなかった。
野生の食欲、おそるべしである。
「おう、おそまつさん。作ったもん全部うまそうに食われるってのは気分が良いな」
「ほんっとうに美味しかったのじゃ!毎日作って欲しいくらいなのじゃ!」
「へへ。悪いがプロポーズはばあさんで間に合ってるんでな」
「ん?ぷろぽーず?なんじゃそれは?食い物かえ?」
「なんだ、違ぇのか?そりゃ残念……」
毎日飯を作ってくれ などという遠回しな告白の様な会話を、無意識で垂れ流す辺り、さぎりは割と純粋な性分の持ち主なのかもしれない。まぁ、天然なだけかもしれないが……
もしくは、特に深くあれこれと、考えていないだけなのかもしれない。本来なら、人に仇をなす妖怪と言う存在が、これだけ人の団らんに溶け込めている理由なんぞ、それくらいしか思い付かない。
何も考えずに、ただ純粋に、この場を楽しんでいるだけなのだ、こいつは。
「……なんか、子供みたいなやつだな、お前」
ふと口に出してしまった。お腹いっぱいになるまでご飯を食べて。楽しそうに家族と会話して、にこにこと笑顔になっているさぎりを見てると……どうしても『子供っぽいな』と思ってしまうのだ。
「むぅ!誰が子供じゃ!ワシはぬしが生まれるずっと前から生きておるのじゃぞ!」
「そうやって。何に対しても全力で応対する感じが正に子供っぽいって言うか、なんというか……」
「ぐぬぬ……バカにしよって……」
あれ、なんだかあっさりと、さぎりを悔しがらせることに成功してしまった。
意外と自分でも、子供っぽいと思う自覚があったのだろうか?俗に言う、『痛いところ』とやらを突けたのかもしれない。
「なんじゃなんじゃ……そっちだって、ワシにちょ~っと近づかれただけで、心臓をはち切れんばかりに高鳴らせてる癖に……」
「な!?い、言わせておけば……!」
ああ言えばこう言うとは正にこの事。言われっぱなしは性分じゃないようだ。
この戦い、負けるわけにはいかない。どうにかしてじいちゃんと茅も味方にして、さぎりにぎゃふんと……
「楽はむっつりだからな」
「兄ちゃんむっつりだからなぁ~」
「なんで狐森家全員敵なんだよちくしょう!」
我が家に俺の味方は一人も居ないのか!?どいつもこいつも皆して、あの黒狐に化かされよってからに……!
「ふふふ……ワシに口で勝とうなんぞ100年早いのじゃ」
「……口に米粒つけながら言われてもな」
「なぬ!?どこじゃどこじゃ……」
「嘘だよ」
「ぐ……ぬぬ……またバカにしよって……!」
……ふと、こんな事をしている俺の方が、さぎりなんかよりよっぽど『子供っぽい』気がしたが、それは口に出さないでおいた。どうせまた、さぎりにバカにされるだけなのだから。
「さて。皿でも洗うかな。茅、手伝ってくれ」
「はーい!ぴっかぴかにするよ!」
「ワシも手伝うぞじいさまよ!」
かちゃかちゃ
台所が三人の皿洗いの音で賑やかになっていった。
「俺も手伝うよじいちゃん」
「いや、お前は部屋で休んでろ楽。これ以上台所に人が居ても邪魔だし、また疲れて倒れられるのも大変だからな。ゆっくり休んでろ」
「……ごめん。ありがとう、じいちゃん」
「おう」
じいちゃんに諭され、俺はリビングから出ていこうとした。
「ワシも皿洗いが終わったら部屋に行くでの。待ってておくれ、ぬし」
「……おう。待ってる」
かちゃかちゃと、皿のぶつかり合う音が騒がしい部屋の中であっても、さぎりのか細い声は、なぜだか俺の耳によく聞こえた。
そう、今夜さぎりを家に招いたのは話を聞くため。なにかとトラブルがあったが、本番はむしろこれからである。
ぎっ……ぎっ……
階段を上がるたびに、下からきしむ音が聞こえる。
狐森家の家は二階建てである。一階が家族が使う団欒スペースと、じいちゃんの部屋となっており、二階が俺と茅、そして今は家に居ない両親、それぞれの個室になっている造りだ。
ぎぃ……ばたん
二階の一番奥、自分の部屋のドアを開けて、ベットとテレビ、本棚と勉強机が置いてある部屋にたどり着いた。
「ふぅ……やっと横になれる……」
ぼふ……
自身の匂いが染み付いたベッドに勢いよく倒れ込んだ。人間、落ち着く場所がそれぞれあると思うが、ベッドの上というのは、俺にとっては最上級に落ち着ける場所だった。
「……………」
目を閉じて、さぎりの事を考える……
立花村で出会ったこと。神社に閉じ込められたこと。哲に吹っ飛ばされたこと。
……俺に取り憑いたこと。家に招いたこと。風呂場で……まぁ、これは思い出さなくて良いか……
そして食卓で一緒に飯を食べたこと。存外に、子供っぽいなと思ったこと……
これらが全て、本当にたった1日の出来事なのかと、自分でも驚く。あまりにも多くの事が、さぎりによって起こされている。
……その上で、いまだに分からない大きな謎。
「なんで俺が……『ぬし』なんだ……さぎり……」
全てはそう、さぎりが俺の事を『ぬし』だと勘違いしてるのが始まりだ。
それさえ無ければ、そもそもさぎりは俺に話しかけもしなかっただろう。
そうすれば、今日はきっと、羽車先輩と何も起こらない神社を探索して、立花村の聞き込み調査をして、結局何も分からずじまいのまま帰路につき、そして平穏に、1日が終わっていたはずだ。
「……なんか……嫌だな……それ……」
……自分でも、少し驚いた。どうやら俺は、さぎりと出会えた今日の出来事が……存外に『気に入ってる』らしい。あまつさえ……さぎりと出会うことが出来て『良かった』と思っているようだ。
……ずっと、違和感がある。さぎりと出会った時からずっと、心のどこかに感じている違和感
『自分の考えではない……これは俺の……狐森 楽の気持ちじゃない』
『…………これは一体、誰の心だ?』
……夜もふけてきた。さぎりはまだ皿を洗っているのだろうか?もしかしたら、またじいちゃんと晩酌の続きでもしてるのかもしれない。
「……すぅ……すぅ……」
少し横になるだけの予定だったが、人というのは、疲れて横になると、やはり勝手に眠りに落ちてしまう生き物の様だ。
俺は泥のように体をベッドに沈めると、そのまま夢の中へと意識を手放した……




