鈴の音
「……なんか、悪いことした気分です」
「おや?どうしてだい?」
帰りの電車の中で、俺は先輩達と今回の怪異の感想を語りあっていた。
「……確かにさぎりは、俺達を神社に閉じ込めようとしましたけど……それでも、愛してた人に先立たれて、寂しい思いを何年もしていた奴に、あそこまで暴言吐いたのはやりすぎだったかなって……」
嫌いだの、セクハラだの、思い出すと結構な事を言ってしまってた気がする。少なくとも、こちらの命を奪おうと言う気は無かったみたいだし、もう少し手心を加えても良かったのかもしれない……。
「まぁ。良いんじゃないか。あぁでも言っておかないと、あいつはまたお前をさらおうとしてくるだろうからな」
「……さらわれる、か……」
さぎりの言っていた『ぬし』という存在……それがきっと、さぎりの愛していた男の事なのだろう。
しかし、分からない。そのぬしとやらが一体、俺と何の関係があるのだろうか?
「そもそも。なんで今になって君をさらおうとしたんだろうね?だって君、あの村には小さい頃から遊びに行ってたんだろ?君をさらうチャンスなんて、あの村に居たならいくらでもあっただろうに」
「いや、あいつの話を聞く感じだと、さぎりは『ぬし』とやらを探して、日本中を巡っていたみたいでした。きっとたまたま、俺が村に遊びに行っていた時には、あの村に居なかったんだと思います」
「なるほどね。そして今回はたまたま、さぎり様が村に帰っていたタイミングで、君も村にやってきてしまった訳だ」
立花村にはよく遊びに行っていたとはいえ、そこまで頻繁に行っていた訳ではない。多くてもせいぜい一年に2回程である。
ぬしを探して日本中を巡っていたとなると、瞬間移動の能力でも持っていない限りは、さぎりも俺と同じく、一年のほとんどは村に居なかったはずだ。
俺とさぎりは、定期的に同じ村に帰りながらも、今日まで偶然一度も出会う事の無かった、すれ違いコンビだったのだ。
「でもさぁ、なんかロマンチックだよねぇ。愛した男を探して日本中を巡るだなんて」
「そのロマンに巻き込まれて、一生をあんな何もない神社に閉じ込められるなんて、たまったもんじゃ無いですよ……」
「えー?でも君……なんかまんざらでも無い感じじゃなかった?」
「なに!?そうなのか楽!?」
「お、おぉ……どうした哲……お前が競技以外で声を張り上げるなんて珍しいな……」
普段日常生活では、まるで枯れ木の様に静かに佇んでいる哲がこうも大声を出すとは、何か気に障った事でもあったのだろうか?
「で、実際どうなの?さぎり様の事『ちょっと良いなぁ』なんて思ってたりしてた?」
「…………少なくとも、目は綺麗だなとは……」
「くっ……!あの女狐め……僕の親友を誑かしたな……!」
なにやら哲が涙を流して悔しがっているのが気になるが、どうやら少なくとも俺は……さぎりの事が、そこまで嫌いでは無いようだ。
『まもなく 織田駅 織田駅です』
「さてと、じゃあ私と最終兵器くんはここで降りるね。バイバイ狐森くん」
「なにかあったらすぐに連絡するんだ哲。いつでも駆けつける」
「おう、ありがとうな。また明日」
二人が駅から出ていったのを見送って、俺は一人、電車の中で物思いにふけった。
(……まんざらでも無さそうに見えた、か……実際、きっとそうだったんだろう……俺はあの時……あの目になら……溺れてしまっても良いと思ったのだから……)
さぎりと出会ってから俺は、ずっと彼女の事ばかりを考えてしまっている。
恋……とは違う気がする。愛……そんな大それた物でもない。ならば一体、この気持ちはなんなのだろうか……
「……あ……俺……執着してるんだ……」
ふいに言葉として出てしまった。
そう、俺はきっと、あの目が欲しくて欲しくて堪らないのだ。
手元に置いておきたい。誰にも渡したくない。ずっと眺めていたい。
……もう二度と、離れてしまいたくない。
(……なんか、俺の考えじゃない感覚がする……俺はこんな未練がましいこと、思ったりするような性格じゃないはずなのに……)
『まもなく 羽柴駅 羽柴駅です』
「っと、危ない危ない。乗り過ごす所だった」
物思いにふけっている間に、思ったより時間が経っていたようだ。
俺はすっかり暗くなった駅のホームを飛び出して、家への帰路についた。
……りん
「ん?」
暗い路地を進んでいると、また不意にあの鈴の音が聞こえた気がした。
「…………気のせい、だよな……」
振り返ったところで、そこには先の見えない真っ暗な道が続いているだけだった。
「…………」
ふと手の甲に描かれてしまった狐の落書きに目を落とす。
哲はこれを『俺の居場所を特定する発信器』では無いのかと予想していたが……
「……まさか、な……」
りん……
「そのまさかなんじゃなぁ、これが」
「っ!?」
夏の夜に、涼しげな鈴の音が響いていた。




