力技
りん!ビューン!
「まだまだぁ!」
「うぉお!!」
ビューン!りん!
「もう一回!」
「はぁ……はぁ……!」
ビューン!りん!ビューン!りん!
何度でも何度でも。鳥居から帰ってくる度に、間髪いれずに鳥居の中へと戻っていく。
馬鹿みたいに見えるかもしれないが、この『力技』は案外にうまく行くのだ。
前に遭遇した『ループしてる階段』の時も、『永遠に上から下に向かって階段を飛び降り続ける』力技によってループが間に合わずに抜け出す事が出来た。
『永遠に抜け出せない巨大迷路』の時も『一直線に壁を破壊して通る』力技で無事に脱出する事が出来た。
これはルールのあるゲームでは無いのだ。なにも正攻法で真面目に挑む必要なんてどこにも無い。
『力技こそ最適解』
そんな時も、たまにはあるのだ。
ビューン!りん!ビューン!りん!ビューン!りん!ビューン!りん!
「まだ…….まだぁ……!」
「はぁ……はぁ……!」
ビューン!りん!ビューン!……
「!?鈴の音が聞こえなくなった!今だよ狐森くん!」
「はい!やぁぁぁ!!」
ほんの一瞬、聞こえなくなった鈴の音の『隙間』を狙って、鳥居の外への道を全力で走り抜けた!
「あーもう堪忍してやぁ……腕が痛いわぁ……」
そこでふと、あのか細い声が聞こえてきた。
りん!
そしてまた、あの鈴の音が聞こえ、俺は神社の中へと再び戻された。
「ありゃ……あっちの元気な人は出ていってしもうた……」
「はぁ……はぁぁ……!」
「だ、大丈夫かえ?ほれ、すぅぅ……はぁぁ……」
さすりさすり……
再び現れた彼女に背中を擦られて、なんとか呼吸を落ち着かせた。吐きそう。
「でもびっくりしたわぁ……あんなアホみたいな方法で突破されるなんて初めてやわぁ……」
「ごほ……ごほ……なんで……こんな事を……?」
「うーん……ワシの話。信じてくれるかえ?」
「ふぅ……と、とりあえず聞かせてください……」
「そうか、そうか……じゃあまずは名前から……」
彼女は少し距離を置いて床に座ると、改めて俺の方に体の向きを変えて、話の続きを始めた。
「ワシは『サギリノカミタチバナノヌシ』長いから皆は『さぎり様』って呼んどるみたいやなぁ。よろしくの、ぬし……」
『ぬし』……と俺の事を呼ぶ度に彼女……さぎり様は、どこかほっとした雰囲気で俺の顔を見つめてくる……その視線が、なんだかこそばゆかった。
「……俺は狐森 楽です」
「そうか……狐森……うん。良い名前やねぇ……ふふ」
さぎり様はまるで、噛み締めるように俺の名前を口にしては、うんうんと頷き、何か納得したような顔をして、小さな笑みをこぼしていた。
「どこか痛いところとかなぁい?苦しかったりは?嫌な事があったら、なぁんでもワシに言ってくれてええよぉ?」
「……あ、えっと……だ、大丈夫です……」
まただ、またあの『全てを彼女に委ねたくなる』感覚が全身を支配しようとしていた。
少なくとも、彼女は人間ではない。下手に身を捧げれば、何が起こるのか分かったものでは無いのだ。
どうにか歯を食い縛り、理性を保ち。俺は質問を投げ掛けた。
「どうして俺たちを神社に閉じ込めたんですか?目的は?先輩はどうなったんですか?」
「どうどう……1個ずつ答えてあげるから、落ち着いてな……まずはどうして閉じ込めたのかやけど……『ぬしらを守る』ためなんよ」
「俺らを……守る?」
「そう……神社の外に、わぁるい奴がおってな……それからぬしらを守るために、ワシが頑張って二人を閉じ込めとったんよ」
「……なるほど」
……もちろん。全部を信じはしない。いくら敵意を感じなくとも相手は怪異。人間とは根本から違う相手なのだ。
慎重に、それでいて萎縮せずに。俺は彼女との質疑応答を続けた。
「それでその、先輩はどこに?」
「うーん……それがあまりに元気すぎての……外に逃がしてしもうた……」
「!?それって、先輩が危ないってことなんじゃ……!?」
「いいや、大丈夫。わぁるい奴が狙っているのは……ぬしだけじゃからの……」
「え……俺だけを狙っている……?」
まるで話が見えてこなかった。さぎり様のつかみ所の無い話し方もあるだろうが、どうにも状況がよく分からないのだ。
なぜ俺を狙ってくる?なぜそんな奴がここに居る?
なぜ……さぎり様は俺を守ってくれている?分からないことがあまりにも多すぎる……
「ふふふ……意味が分からんくて、混乱しとるみたいやねぇ……でも安心してええよ、ワシがずぅっと、ぬしをここで守ってあげるからのぉ……ずうっと……ずうっとのぉ……ふふふ」
「……お断りします」
「え……」
初めて出会った時からずっと、余裕の表情を崩さなかったさぎり様が、初めて顔に焦りを浮かべた。どうやら俺が提案を断るとは思って居なかったようだ。
「俺を神社の外に出してください」
「な、なんでじゃ……!?そ、外にはぬしを狙うわぁるい奴が……」
「そんなのどうとでもなります!俺はともかく、羽車先輩は凄い人なんです!怪異の一人や二人、どうってことありません!さぁ、俺を外に出してください!さぁ!さぁ!」
「う……うぅぅぅ……!」
先ほどまでの妖しげな態度が嘘のように、さぎり様がまるで子供の様に萎縮していく。
……実はこれも、我らが北山高校ミステリー研究会が得意とする『力技』のひとつである。
とにかく要求を断る!とにかくこちらの要求を通す!
怪しい取引を持ちかけてくる怪異にはこれが一番だ。
難しいことなんぞ考える必要無し!今はただ、ここから出ることがなにより優先なのだ。
「……やじゃ」
「ん?」
「いやじゃいやじゃいやじゃぁぁ!!ぬしはここで、ワシとずうっと一緒に暮らすんじゃぁぁ!!」
ゴゴゴゴゴ……
「な……!地面が揺れて……!?」
怒髪天をつく。さぎり様がなにやら癇癪を起こしたかと思うと、神社の境内の地面が凄まじい勢いで揺れ始め、とても立ってなんぞいられなくなってしまった。
「日本中を巡って、ようやく見つけたのに!またお別れするなんてまっぴらごめんじゃ!ワシはもう……ぬしと離れて待ちぼうけになるなんぞ、死んでもごめんなのじゃ!!」
「だ、だから!初めて会った時も言いましたけど!人違いですってば!!俺はあなたの事なんかこれっぽっちも知らないんです!」
「……そんなこと、そんなこと分かっておる……それでも!ぬしはぬしなのじゃ!ワシの愛した……ワシを愛してくれた……ぬしなのじゃ……」
……なんとなく、話がつかみかけてきた気がする。
人間の男に先立たれた悲劇の女性さぎり様……きっと、その先立たれた男と俺に、何かしらの因果関係があるのだろう。
悲しい話なのは分かる。さぎり様が男に先立たれてから今日まで、どんな思いで待ちぼうけて居たのかも想像に容易くない。
……だからと言って!こんな風に一方的にクソ重い感情をぶつけられるのはどうにも納得がいかない!俺の人権や気持ちはどうなると言うのだ!
断固拒否!断固反対!このまま知らない男女の恋のいざこざに飲み込まれてたまるか!
「……やい!さぎりぃ!!俺はお前の事なんかこれっぽっちも好きじゃないぞぉぉ!!」
「な……!?な、なんでそんなこというのじゃ……!?」
「当たり前だろ!俺はお前のことなんか全然知らない!!むしろ初対面からセクハラしてくるわ!神社に監禁はしてくるわ!挙げ句の果てには脅迫まがいの事までしてきやがる!!そんな自分勝手な女の事を……好きになるわけねぇだろうがぁ!!」
「な……なな……!?」
見る見る内に、さぎりの顔が青くなっていった。よっぽど俺に嫌悪されるのが嫌なようだ。
「これ以上俺に嫌われるのが嫌なら、さっさとここから俺を出すんだな!さぁ早く!さぁ!」
「で、でもぉ……でもぉ……!」
俺を逃がしたくはない、しかし嫌われたくもない。そんな二つの相反する感情に挟まれたさぎりがおろおろとしながら、やがて何かを決心したように、俺の目の前にやってきた。
「の、のうぬしよ……ワシの目……好きじゃよな……?」
「ぐ……そ、それは……」
「ふふふ……」
痛いところを突かれた……さぎり個人の事はあまり好きではないが、確かにその真っ黒な目だけは……どうしても嫌いになれなかった。
「ほれ、ほれほれ。好きなだけワシの目を見つめてて良いんじゃぞ……?」
「や、やめ……」
脳では拒否しながらも、俺の目はさぎりの目を捉えて離さなかった。
本当に綺麗で、黒くて……どこまでも沈んでしまいそうな目だ……
「……綺麗だ……」
「ふ……ふふ……これでワシとぬしはずぅっと一緒に……」
「僕の親友を返せぇぇぇぇぇ!!!」
パリィィン!!
さぎりの瞳に心を吸われ、あわや意識を飛ばしかけたその瞬間、俺がこの世で『最も信頼している男』の声が聞こえた。




