怪異発現
「……先輩。さっきここに、黒髪の綺麗な女の人が居ませんでしたか?」
「んー?いいや?私がここに走ってくるまでには誰も居なかったし、ここに到着して捜査してる時も君以外は誰も来なかったよ?」
「そう……ですか……」
なんだが、自分でも不思議なくらいにがっかりしてしまっていた。
もしかして、あれは幻覚だったのだろうか?それともまた、羽車先輩が引き寄せてきた怪異現象だったのだろうか?
「なんだいボーっとしてしまって?まさか……もう既にミステリー現象に合ったとでも言うのかい!?詳しく話を……」
「……いえ。なんでもありません。たぶん電車で居眠りしてたせいで、頭がふわふわしてるだけだと思います。俺には構わず、調査を進めてください」
……もやもやは晴れなかったがとにかく、当時の目的である神社の調査を進めることにしよう。
「うーん。しかし調査と言ってもだねぇ……鳥居があって、神社があって……ただそれだけしか無いんだよね。本当に、必要最低限のミニマリスト神社って感じなんだよ」
先輩の言うことはもっともだった。昔から遊びに来ていて知ってはいたが、この神社には特に何も無いのだ。
境内だけは広々としていたので、よく走り回って遊んではいたが、本当にそれだけ。ただ広いだけで、貴重な文化物や建物などは一切ないのだ。
……よくよく思い返せば、神社で遊んでいたなどと罰当たりな気がしなくもないが、とにかく、一体なんの為に建てられた神社なのかまるで用途不明の場所である。
「ふむ……そういえば、そもそもの疑問なんだが……さぎり様というのは、一体何者なんだい?」
「……うーん。俺も良く分からないんですよね。狐の妖怪ではあるらしいんですが……それが神様なのか、それともただの妖なのか……神社を建ててもらえる程の存在なのは確かみたいですけど……」
人間の男と恋に落ち、最後は男に先立たれてしまう悲しい恋物語の登場人物。それが俺が昔から村で聞かされてきた、さぎり様の全てである
言われてみれば、これだけでは何者なのかはまるで分からない。
悪い存在で無い事は確かだろうが……この神社といい、なんとも謎の多い伝承だ。
「……しょうがない!ここでの調査は一旦区切りにして、村の人達に話を聞きに行こう!さぁ村へ帰るぞ狐森くん!」
ビューン!
言うや否や、羽車先輩はまた風の如く神社の外へと消えていった。
「……俺も追いかけるか」
まだ少し、彼女の事が気がかりだった気持ちを跳ねのけ、俺も神社の入り口へと向かった……その時だった。
「……ん?あれ、狐森くん?」
「え……羽車先輩?なんで帰ってきたんですか?」
先ほど勢い良く鳥居から飛び出していったはずの羽車先輩が、なぜかまた鳥居の中から帰ってきた。
「帰って……あれ?おっかしいなぁ……?真っ直ぐ村へと走ってた筈なのに……」
「……………まさか。えい!」
とてつもなく嫌な予感がして……俺は入り口の鳥居を一息に飛び越えてみた。
りん……
またあの鈴の音がした。
「……は!?あれ……ここは……」
「あれ、また狐森くんだ。お帰り」
案の定予想通り、俺の体は鳥居を越えたその瞬間に、鈴の音と共に鳥居の中へと戻されていた。
「……もしかしてとは思いましたが……これ……神社から出れなくなってるのでは……?」
「みたいだねぇ。いやぁ、困った困った!はっはっは!」
「笑い事じゃないですってば!くっ……『また』怪異に巻き込まれたか……!」
百発百中。全ての不可思議な怪異を呼び寄せてしまう『ハイパートラブルメーカー』羽車先輩。
その類いまれなる才能は、今回も遺憾なく発揮されている様で、どうやらこの神社の鳥居を境に、俺たち二人は神社の中に閉じ込められてしまった様だ。
「さぁて。どうしようかね狐森くん。さっきも言った通りこの神社。本当に何も置いてないからさ。解決策がこれっぽっちも思い付かないんだよねぇ」
「確かに……何も無いんじゃどうしようもない……」
実際、今までもこんな事態は経験したことがある。
そしてその度その度に、怪異への解決策は実に様々だった。
怪しげな紋章を破壊したり。怪異から逃げながら特定のアイテムを集めたり。時には『最終兵器』こと我が親友が怪異を正面から叩き伏せたり……
だが今回は異例中の異例だった。何も無い、何も無いのだ。
なにかが襲ってくる訳でもなく、何かが壊れている訳でもない。なんなら、何故閉じ込められたのかすらも分かっていない。
問題文すら出されていないのに、問題を解くことが出来るわけが無いのだ。十中八九……これは『詰み』に近い現象だった。
ぷるるるる……
「うーん。当たり前の様に電波は外に届かないねぇ。最近の怪異はWi-Fi規格にも対応してると見た……!」
「昔から怪異と電波は相性悪いですからね……電磁波でも出してるのかな……」
「……いっそ、この鳥居でも破壊してみるかい?」
「それは最終手段にして置きましょう、もしここが唯一の出口だった場合、破壊してしまうと本当に詰みになる可能性がありますから」
怪異への対処として、一番気を付けるべきは『なにをしたら詰みとなるのか』見極めることだ。
詰みにさえならないのであれば、時間をかけるのも、強行突破も存分にやれば良い。だが逆に、それが詰み行動になりえるのならば、安全策すらも取ってはならないのだ。
考えろ、考えろ……今出来ることを考え続けろ。それが唯一の対処方法だ。
「ん?狐森くん。その手の甲のはなんだい?」
「手の甲……?うわ、本当だ。なんだこれ……?」
先輩に指摘され手の甲を確認すると、そこにはデフォルメされた『狐の顔の落書き』が描かれていた。
見てくれだけ見ると、まるで小学生の子供がいたずらで家の壁とかに描いていそうなクオリティのイラストだ。
「いつの間にこんなの……あれ、擦っても消えない……」
「……それ、たぶん絵じゃないね。まるでマーキングみたいな……」
先輩の言う通り、どうにもこれは手の甲に描かれている訳では無いらしく、いくら擦っても消えそうになかった。
「なんか手の甲にされた覚えはないかい?誰かに触られたとか」
「……あ」
ここまで言われて、ようやく俺は彼女に手の甲に口づけされた事を思い出した。あまりにもこ恥ずかしい記憶だったせいか、自然と思い出さないようにしていたのだろう。
「お。なんか思い当たる節があるみたいだね。何があったんだい?」
「……実はその。ここに来る時に……」
もはやそれは、公開処刑に近かった。
非常に魅力的な女性が現れ。からかわれ、抱き締めて欲しいと言われ、手の甲に口づけされた……これを高校生男子が、同じ高校の女性の先輩に説明しないといけないことが、どれだけの辱しめか想像できるだろうか?
全てを説明し終わった時の俺の顔はきっと、スイカの中身のように真っ赤だったに違いない……泣きそうだ。
「なんだいなんだいそれは!どうしてそんな面白そうな事を私に黙ってたのさ!」
唯一救いがあったとすれば、それは話した相手が羽車先輩だった事だろうか。この人は決して、こういった話題を茶化そうとはしてこないのだから。
「ふむ……まぁ当事者である君も、きっと同じことを考えているだろうが、あえて言語化させて貰うと……それ、『さぎり様』じゃないかな?」
「ですよね……俺もうすうすそう思っていました」
何となくだが、彼女が人間ではない事は分かっていた。同時に悪意も感じなかった為、そこまで騒がないようにはしていたのだが……
「もしかしたらこの怪異……そのさぎり様の仕業では?」
「まぁ……そう考えるのが妥当ですよね……」
どうにも府には落ちないが、そう考えるのがこの場は自然だろう。
怪異の発生する直前に現れた妖しい女……疑うのは当然ではあるのだが……どうにもいかんせん、俺には彼女が他人に危害を加える存在だとは思えなかった。
それでも、まずは仮にでも良いから考えるべきだ。でなければまるで推理は進行しないのだから。
「その手の甲の落書き……それが原因なのかな?」
「……まさか。腕を切り落とさないとダメとかありませんよね……?」
「いや、それは無いと思うよ。手の甲に落書きの無い私も神社から出れない訳だからね。きっと落書きを体から切り離しても、この神社からは抜け出せないと思うな」
とりあえず、最悪の推理だけは可能性が低そうで、ひとまずほっとした。
普段は落ち着き無く暴れ回っている羽車先輩だが、こういった時は妙に冷静に推理してくれる。腐っても、文武両道の完璧超人と言ったところだろうか。
がさごそ……
「うーん。神社の建物の中にも何も無いなぁ……そっちはどうだい?」
「はい。建物の外にも特に怪しいところはなにも……」
閉じ込められてから30分ほど経過した。あらゆる場所を調査してみたが、まるで進展は無い。
「うーん。となるとやっぱり鳥居かなぁ……」
羽車先輩はうんうんと唸りながら、鳥居の前へと立ちはだかった。
「よーい。スタート!」
ビューン!
羽車先輩が全速力で鳥居の中へと走っていった。
りん……ビューン!
「あ、やっぱり。戻ってくる時に『鈴の音』がするね」
「先輩も聞こえたんですね鈴の音。あれがやっぱり戻ってくる原因なのかな……」
「……そういえば、君がさぎり様(仮)と別れた時も、鈴の音がしたって言ってたね」
そう。俺が推定さぎり様と別れた時も、鈴の音が聞こえたはずなのだ。
やはりこの怪異と彼女は無関係では無いようだ。
「さて狐森くん。調査は終わって、推理もどん詰まり。いまだに解決策は見つからず、唯一の怪しい場所はこの鳥居と鈴の音……と来ればだ。後は分かるね?」
「はい羽車先輩!ここはやはり……」
「「力技だぁぁぁ!!」」
ビューン!
俺と羽車先輩は同時に走り出して、鳥居の中へと入っていった。




