こそばゆい感覚
「うーん!やっと着いたねぇ。空気が綺麗で良いところじゃないか」
夏の日差しが照りつけるなか、空調の良く聞いた電車に揺られ、俺と先輩はおじいちゃんの住んでいた村『立花村』へと到着した。
「あんれま、狐森くんじゃねぇの?よぉ来たねぇ。数年前に家族で遊びに来た時以来でねぇの?」
「あ、お久しぶりです『長老』その説はお世話になりました」
村の入り口で迎えてくれたのは、村のみんなが昔から『長老』と呼びしたんでいる『森咲』さんだった。
昔から俺の家族は、ご先祖様にゆかりのあるこの村に遊びにくる事が多かった。その度に、長老さんには良くお世話になっており、感謝してもしきれない程の恩がある。
しかし……森咲さんは俺が小学生の頃から既に長老といった感じの風貌だったはずだが……あの頃からちっとも見た目が変わっていない。なんとパワフルなおばあちゃんだろうか。
「その隣の綺麗な人はあれかい?もしかして彼女さんかい?」
「いえいえ、こちらの方は……」
「初めまして長老!ミステリー研究会代表の羽車と申します!狐森くんとはそれはもう毎日ぐんずほつれず仲良くさせてもらっています!」
「あんれまそうなのぉ!狐森くんも大人になったんだねぇ…」
「止めてください羽車さん。このままだと俺はこの村で変態として祭り上げられかねません」
とりあえず羽車さんを落ち着かせた俺は、この村の『さぎり様伝説』についての調査を始めた。
「あーはいはい。さぎり様ねぇ。それだったらほれ、あの山の中にある神社に行くとええよぉ」
「あぁ、『化かし神社』ですか。懐かしいなぁ」
「化かし神社?なんだいそれは?さぎり様を奉ってある神社とかかい?」
よく似合っている伊達メガネをキラリと光らせ、鼻息を荒くしながら羽車先輩がこちらに詰め寄ってきた。
普段から落ち着きの無い人ではあるが、こういった『面白そう』な事が絡むと、どうも暴走気味になる傾向がある……今回も羽車先輩には気を付けておかないと、何が起こるやら……
「実際にさぎり様を奉ってあるかは分かりませんが、さぎり様の『遊び場』とされている神社です。なんでも、近づいた人間をさぎり様が化かして驚かせてくるとか……まぁ、俺も昔からよく遊びに行ってた神社なんですけど、特に不思議なことはなにもって感じでしたがね」
「おぉ!それは面白そうだ!早速行こうすぐに行こう!では長老さん!ご協力ありがとうございました!それでは!」
ビューン!
長老との別れの挨拶もそこそこに、羽車先輩はまるで風のように山の中へと消えていった。
「まるで嵐みてぇに元気な人やねぇ」
「元気すぎて周りの人間も嵐に巻き込まれてますけどね……じゃあ俺もこれで。ありがとうございました長老」
「おうおう。またいつでも遊びにおいでぇ」
長老と別れを告げ、俺が山の方向を振り返った時には、既に羽車先輩の姿は見えなくなっていた。
噂では陸上部のエースに100m走で勝利したと噂のある先輩だが……まさかほんの数秒目を離しただけで消えてしまうとは……
「おっと……これはマズい……」
一人にさせた羽車先輩ほど怖いものはこの世に無い……俺も急いで神社へと向かわねば。
「もし……そこの……」
「ん?」
足首を伸ばし、いざこれから走ろうとしていた所に、とてもか細い女性の声で呼び止められた。
今にも消えてしまいそうな程儚いその声は、なぜか不思議と耳に残り、それでいてどこか安心感を覚えた。
「ふむ……よぉく顔を見せてくれんか……?」
「え?あ、えっと……」
ぴと……
なんとも細く、今にも折れてしまいそうな腕で、顔をぴたりと固定され、まるでなにか懐かしいものを観察するかのように、その女の人にじぃーっと顔を確認された。
一体どこから現れたのか、透き通るような肌と、キメ細やかな長い黒髪。しかし一番印象に残ったのは、どこまでも真っ黒で、キラキラと輝いていたその鋭い眼球……
普段から羽車先輩という『見てくれ』だけは美人な人物を目の当たりにしていて、ある程度綺麗な女性に対する免疫は持っていると自負していたが……これはあまりにも……あまりにも『綺麗過ぎた』
「……んー?ふふふ……そんなにワシの目玉が気に入ったかえ……?」
「あ、いえ……その……」
芸術品を目の当たりにした時に、『目が離せない』だとか、『吸い寄せられる』だとか、そんな経験今までしたことは無かったが、『あぁ、こういうことなのか』と、俺は良く理解させられた。
許されるのであれば、この真っ黒な眼球を、いつまでもいつまでも眺めていたかった。ほんの一瞬ではあったが、あの『強烈な存在』である羽車先輩の事すらも、俺の頭から消え去ってしまうほどに、俺はこの目に夢中になってしまっていた。
「ふむ……そうか、そうか……やっと……会いに来てくれたのか……」
すり……
女の人が、不意に俺の手を擦り始めた。初対面の人間に急にこんなにも触れられたら、不快感の方が先に来そうなものだが……どういう訳か、その『こそばゆい感覚』が、どうにも嫌いではなかった。
「のう……少し抱き締めてくれぬか……?軽くで良いのじゃ……」
「いや……それは……」
おかしな気分だった……俺は別に、女性と遊びなれている人間ではない。にも関わらず……この女性と包容を交わすことに関して、躊躇のような気持ちがまるで湧かないのだ。
とくん……とくん……
……心臓が、今まで感じたこの無いほどに深く鼓動していた。それはとても心地よくて……同時に、まるで自分の鼓動では無いような気がして、とても怖かった。
「……のう。ぬしよ……」
「……ゴホン!その。たぶん人違いだと思います。俺たち、たぶん初対面ですし……」
ぐい……
このままこの人に身を委ねてしまいそうになった理性を何とか留め、俺は少し突っぱねるように、彼女を腕で軽く押し退けた。
「……ふふ。そうか。すまなかったの……これは詫びじゃ」
チュ……
「な……」
手の甲に口づけされた。なんとか収まっていた心臓が、またとくんとくんと跳ね始めた。
「これでまた……一緒じゃな」
「……あの。あなたは一体……」
「ふふ……のう、ぬしよ……」
彼女はいたずらっぽく笑うと、踵を返して離れていった。
「またの」
りん……
「……ん?あれ……」
一瞬鈴の音が聞こえたかと思うと、どういう訳か俺の目の前から彼女の姿が消え……気付けばそこは、目的としていた神社の入り口だった。
「おーい!遅いぞ狐森くん!こっちこっちぃ!」
遠くから底無しに元気な羽車先輩の声が聞こえた。さっきまで不思議な体験をしていた事もあってか、今はその明るさが、妙に心に染みて心地よかった。




